最高法規とは

2009/12/30 01:52

憲法最高法規とされる。なぜなら、わたしたちの生活に直結するすべての法律は、憲法支配下にあるからである。
しかし、実は憲法の上法が存在する。この法をわたしたちは空気のように呼吸しているために、あまり意識に登らせることはない。
この最高法規とは、文字通りの自然法であり、すべての人間、動物、植物、非生命もその支配下にある。
わたしたちは、この法の厳格さを赤ん坊の時から知っている。たとえば、その法には、ニュートンの発見になる「万有引力の法則」というものが書かれている。
それゆえ、たとえ1歳ほどの乳児であっても高所を恐れるのである。
たとえば、ばかな父親に抱っこされて面白半分にテーブルの上に立たされる。すると、「こわいない」などと精一杯の虚勢を示してみせるが膝が震えている。乳児は、ニュートンの法則など知らなくとも、この法に背いたときの罰の恐ろしさを良く知っているのである。

重力の法は、極めて公平かつ厳格に高さの二乗に比例して下され、王であろうとホームレスであろうと容赦はない。その他にも、科学者によって唱えられた原理、あるいは法とされた天の法は、まさに天網恢恢疎にして漏らさずの言いの通り、決してこれを侵した者を逃さない。

わたしは何を言おうとしているのか。それは、人間の拵えた法など所詮お題目に過ぎないということである。それが証拠に、人間以外の動植物には憲法民法も存在しない。しかし、彼らは人間以上に厳かに真摯に自然の法と向き合い、そして生きているのである。
わたしたちは、まずこのことを肝に銘じておかねばならないのではないか。なぜなら、日本国憲法を考えてみればいい。この憲法はいったいどこから来たのかまったく素性の分からぬ馬の骨である。天からひらひら舞い降りてきた日本に災いよ起きよと書かれた紙切れなのである。
わが国が非道な原子爆弾を二つも落とされ戦争に負けたがために、敵さんが大日本帝国憲法をまったく無視し、自分たちの都合のいいように創作したへたくそな詩をわたしたち日本人にさぁ歌えと押し付けた楽譜に過ぎないのである。にもかかわらず、われわれ日本人はこれを金科玉条のようにおし戴いている。まったく間尺に合わないとはこのことである。

このように、憲法などいざ有事、非常の事態となれば、金と同様ただの紙切れになってしまうのである。金と同様に、誰もがそれに価値を認めなければ、その通りまったく無価値になってしまうという性質を生まれながらに持っているのである。

なぜこのようなことを書くか。それには、いま読んでいる「関東大震災」の影響が大きい。
あの震災は実は大掛かりなテロであった。著者である工藤美代子氏は様々な資料を渉猟し、そう結論づけている。わたしもその通りであったのであろうと、今は実にすっきりした気分である。やはり、一部の在留朝鮮人とボルシェビスキストによる大犯罪であったのだ。このために何万という無辜の日本人が惨たらしく殺されたのである。
思えば、昭和天皇は、摂政宮として、また天皇として実に二度も帝都が灰燼に帰す姿を目にされたことになる。そのご心痛のほどや如何ばかりであったか畏れながらもおいたわしやというほかにはない。
しかし、あの震災は明らかにテロであったにも関わらず、今日流言蜚語であったかのごとく扱われているのは、一つにはその勅令に理由があったのである。その勅令とは、次のようなものであった。
一、暴利取締勅令
   勅令
朕茲ニ緊急ノ必要アリト認メ枢密院顧問官ノ諮詞ヲ経テ帝国憲法第八条第一項ニ依リ生活必需品ニ対スル暴利取締ノ件ヲ裁可シコレヲ公布セシム
   嘉仁 裕仁

大正十二年九月七日

                 各大臣副書
ニ、支払猶予の緊急勅令
  (以下略)

三、流言浮説取締令
    勅令
朕茲ニ緊急ノ必要アリト認メ枢密院顧問官ノ諮詢を経テ帝国憲法第八条第一項ニ依リ治安維持ノタメニスル罰則ニ関スル件ヲ裁可シコレヲ裁可セシム

   嘉仁 裕仁

大正十二年九月七日
                  各大臣副書
出版通信其他何等ノ方法ヲ以テスルヲ問ワス暴行騒擾ソノ他生命身体若クハ財産ニ危害ヲ及スヘキ犯罪ヲ扇動シ安寧秩序ヲ紊乱スルノ目的ヲ以テ治安ヲ害スル事項ヲ流布シ又ハ人心ヲ撹乱スルノ目的ヲ以テ流言浮説ヲナシタル者ハ十年以下ノ懲役若クハ禁錮又ハ三千円以下ノ罰金ニ処ス

このような勅令が出されたのは、昨日の日記にも記したように内務大臣五島新平の考えによるものであった。五島内務相は、もちろん摂政宮の護持を慮って、いわば犯罪集団と手打ちを行ったのである。
これがために、自警団は強制力をもって解散させられ、新聞は震災中の朝鮮人の美談を探し掲載する事に勢力を注いだ。

治安維持のための条項であった帝国憲法第八条第一項は、日本人を大虐殺した朝鮮人と革命主義者を保護するためのものにまったく変質してしまったのである。

この後藤新平の策が国士内田良平が言うようにこの国に後顧の憂いを残してしまった。いまだに流言蜚語説が大手を振って日向を歩いている、それが何よりの証拠である