The philosopher and the wolf

2011/01/14 22:20


マーク・ローランズという人物は、実に狼を友とするに相応しい男である。単に哲学教授というだけではなく、若い頃からフットボールを愛好し、ボクシングをやり、ベンチプレスでは300ポンドを上げるというから相当なマッチョである。

そのローランズが本の中でしばしば嫌悪を露にしている人物がいる。しかも3人。彼らは次のような実験をやったことで夙に有名である。それは、electrified shuttlebox というもので、大きな箱状の部屋が二つあり、そのうちの一つに犬を入れる。両方の部屋には高電圧が生じるグリッド(金網)が敷かれており、犬は電気ショックを受けると隣の部屋に飛び移る。しかし部屋と部屋の境界にはフェンスがあり、このフェンスの高さはだんだんと高くなっていく。実験者は犬が休む暇もなく電撃を与える。犬はその度にフェンスを越えて隣の部屋に飛び移るが、だんだんと疲労が増していく上にフェンスも高くなっていくので、ついに越えられなくなる。とうとう疲労の限界に達し、その場で失禁したまま動かなくなる、というものである。

さて、ローランズに毛嫌いされた3人の人物というのは、ハーバードの心理学者であるR.Solomon,L.Kamin,L.Wynneである。この実験は、Learned helplessness theory(学習性無力感理論)と呼ばれ、ある過酷な環境下に長く置かれた動物(勿論人間も)は、自分の行動によってその不快感が回避できないことを学ぶと、もはや回避のための努力をしなくなるという説を証明するためのものである。

しかし、ローランズの見解では、これこそが猿の成れの果てである人間の悪を証明する実験ということになる。自分達よりも弱い生き物を犠牲にして、何らかの社会的功名や利益を得ようとする。これがローランズには浅ましいものに見えるのだ。そして、このわたし自身も彼の考え方に感化されてしまったのか、ようやくこのような実験の残酷さ、非人間的性格に気づかされた。もしもこの本を読まなかったなら、実験の成果のほうにばかり気をとられて、真の実験結果には気がつかなかったであろう。実は、真の被験者は、このような実験を行ったソロモンたちであり、その実験の成果とは、わたしたち人間の残酷さ、浅ましさを心ある人たちに広く知らしめるということであった。

一匹の狼を友に11年間を過ごしたローランズは言う。わたしたち人間とは、

What is chracteristic of humans, however, is that they have taken the unkindness of life, refined it and thereby intensified it.They have taken life's cruelty to another level. If we wanted a one-sentence definition of humans, this would do: humans are the animals that engineer the possibility of their own evil.

(人間の特質は、生の過酷さというものを精錬し、なおかつこれを先鋭化させたことにある。われわれは生の残酷さを別のレベルにまで持っていったのである。もしも人間というものを一口で言うとするなら、人間とは、その悪意の実現性を企図する動物である)

以前にシートンのロボーの話を書いたが、やはり狼は人間などよりずっと高貴である。ローランズという人は、狼と暮らしたから人間という猿の下劣さを知ったのだろうか、それとももともと人間の醜さを知っていたが故に狼を友とすることにしたのだろうか。