鎮男13

2012/06/03 14:26


おそらく、これらの事件の背景に何らかの強い共通性が感じられたからであろう。それからほどなくして、各放送局は特番を組み始めた。あるいは、同時多発テロという言葉が思い起こされたのかも知れない。確かにこれらの事件は余りに異様で、人々が不安を募らせるのも無理がなかった。

そうこうするうちに、事態はさらに深刻なものになっていった。日本では、自衛隊の内部でクーデターが起こったとの噂がたった。また、各国の軍隊内部でも将校やトップの幕僚たちが異常な行動をとりはじめているらしいとの情報も飛び交っていた。

日にちが経つにつれ、自衛隊内部で何かとんでもないことが起こっていることは歴然としてきた。政府は非常事態宣言を発し、全てのマスコミに対し報道の規制をかけた。このため、新聞もテレビもまたインターネットでさえ、何らこの事態に対し国民の知る権利に寄与出来なかった。
しかし、東京でも市ヶ谷辺りがただならぬ気配を漂わせていたし、朝霞も習志野も騒然としていた。

事態の真相を確かめるため、私と鎮男は、何機ものCHー47輸送ヘリやAHー64D戦闘ヘリが頭上を追い越して行くのを見ながら、西を目指して車を走らせていた。
車は、鎮男のN‐360だった。私のハイブリッドカーでも良かったのだが、鎮男がどうしても譲らなかったのだ。
大柄の鎮男が運転席に座ると、ただでさえ狭い軽自動車の助手席は、息も詰まるほど窮屈になった。私は、東名に入るとすぐにSAでの休憩を要求し、後部座席に移った。
狭いことを除けば、鎮男の車は快適そのものだった。エンジンは360cc足らずのはずだが、その加速感や静粛性には瞠目すべきものがあった。
「鎮男ちゃん。これ、ほんまに軽か」
私は、鎮男が走行車線を走る高級車を軽く追い抜くのを見て、素直な驚きを伝えた。
「なぁ、びっくりするやろ。実は、この車にはわいの発明した冷却装置と過給器がついとるんや。この車のエンジンはなぁ、純水をシリンダー内に直接噴射して冷却するんや」
「過給器って、ターボのことか」
「そうや。ターボチャージャーは、排気ガスからエネルギーを回収して出力をアップさせるものやから、本来は省エネに貢献するはずやろ。そやけど、小さなシリンダーの中で過剰な燃料を燃やすと、その熱でシリンダーがいかれてしまうんや。それで、これまでその冷却のために、メーカーは何をやっとたと思う」
私は答えに詰まった。あらゆることが頭をかすめたが、鎮男の求めている答えは一つのように思えた。
「ガソリンで冷やすんか」
「そうや、その通りや。過剰にガソリンをつっこんで、その気化熱で冷却しとった。それを、わいは水で冷やすことにした。そやで、この車は、360ccとはいうものの実際にはリッターカー以上の出力が得られるんや」
「なるほど」私は、後部座席で独りうなずいた。

東名高速も、足柄から御殿場に近ずくにつれて、何か異様な雰囲気が漂ってくるようになった。警察車両がやたら目につきはじめた。はるか西の自衛隊東富士演習場と思われる地点上空を自衛隊のヘリが黒いカラスの一群のように輪になってホバーリングしている。
さらにF15の編隊が高速道路上空をものすごいスピードで通過していった。
「何か、大変なことが起こっとるようやなぁ」
私は、高まる胸の動悸を抑えながら言った。
「恐らく、これから先は検問があるで」鎮男はしっかりと前を向いたまま言った。「高速から降りるとすぐに検問されるやろ。現場に行くのはかなり困難や」
「現場って、鎮男ちゃんはどこまで行くつもりなんや」私は、後部座席に半ば身を横たえていたのだが、思わず起き上がって訊いた。
「とにかく、何が起こっとるんか、この目で見てみぃんことには、今後の戦略もたてられへんやろ」
「それで、どこまで行くつもりなん?」
「現場は、間違いなく陸上自衛隊富士駐屯地、そして東富士演習場や」
「そこで、一体何が起こっとるんやろ」
「それをこれから確かめに行くんやんか」
「そやけど、途中で検問におうたら、それまでやろ」
「心配せんでもええ。そんなことはとっくに計算しとるわ」
鎮男は自信ありそうだった。
しかし、案の定、御殿場インターを降り、御殿場ステーションホテルを少し行った交差点で検問にあった。そこから先の道路は黒と黄色のバリケードでブロックされていた。
どうやら検問は、富士方面への通行を一切禁止するものらしい。警察は、東名西側道路のいたるところに検問所を設け、自衛隊駐屯地を中心とする半径5km圏内を完全に封鎖している様子だ。
検問所までの僅か数百メートルは大変込んでいた。ようやく検問所までたどり着くと、鎮男はウインドーを手で巻いて下げ、機動隊らしき警察官に大声で告げた。
「富士山へは行けませんか」
「だめだめ。今あの辺で何が起こっとるか、だいたい察しがつくでしょう。引き返すか、何か別のことを考えてください」警官は、怒鳴らんばかりの口調で答えた。
「そうですか」鎮男は、それだけ言うと、交差点を右折した。
「これからどうするん?」
「さあなぁ」
「そやけど、鎮男ちゃんは、こうなることは最初から分かっとったんやろ」
「ああ、分かっとった」
「それで、これからどこへ行くんや」
「まあ、任しといて」

それから鎮男は、迷うことなく車を走らせ、ある高層ホテルの地下駐車場に入っていった。
「こんなとこへ入って何をするつもりなん?」
「まぁ、任しといて」
鎮男は、B2Fまで車を下ろし、柱の陰の駐車スペースに車を停めた。私を車から出すと、彼は後部座席の背もたれを前に倒し、パラシュート材で作られた灰色の大きな鞄を取り出した。それを肩に斜め掛けすると、まっすぐエレベーターに向って歩き出した。

鎮男は、ホテル最上階を予約していた。なんと、そこはスイートルームだった。
「こんなときに豪勢なことやな」
フロントでチェックインの手続きをしている鎮男を横目に、私は皮肉を言った。
クラークは、鎮男の風体をあからさまに品定めしていた。それはそうだろう。最上階の一番値の張る部屋を予約した男の着ているものと言えば、擦り切れて色の褪せた革ジャンにぼろぼろのジーンズだし、その連れの男の方も、もう少しましな格好をしているとはいうものの、どう見てもスイートというジグソーパズルにぴったり嵌るものではなかった。
鎮男は、カードを受け取ると足の間に挟んでいた鞄をまた斜めにかけ直してエレベーターに向かった。