鎮男17

2012/06/03 14:47


会談は、というより密談は1時間以上にも及んだ。この奇妙な話し合いで、私たちはお互いの心情を吐露しあい、私は、石田氏の明朗で正直な人柄や政治家としての責任が良く理解できたし、防衛大臣に相応しい資質と力量の持ち主であると確信できた。
「大友さん。これは、人類全体の存続に関わる、しかも危急の問題です。私は、あなたを信用してはいるが、何しろ、個人の信頼関係を越えたデリケートな扱いを要する問題なので、恐縮ながら、今後もしばらくは引き続きあなた方を観察せねばならない。そこのところは、どうぞお汲み取り願いたい」
別れ際、大臣は、立ち上がって私に握手を求めた。私は喜んでそれに応じた。
「大臣。正直申し上げて、飛行船のメッセージにあった心臓病云々という文句は、決して私からのものではありません。しかし、もしも何か本当に心臓にご病気がおありなら、どうぞくれぐれもご無理をなさらぬようにとご忠告申し上げます」
「うむ。ありがとう。あのメッセージにはいささか私も驚かされました。なにしろ、私の心臓の爆弾については、ほんの一握りの者しか知らないトップシークレットだったのでね。しかし、あのメッセージ通りに今回の件が終息してくれるなら、私の命など安いものです」
大臣は、大声で笑いながら私を戸口まで送ってくれた。

私は、こうして様々な疑問を胸に抱えたまま帰京した。
その疑問の一つが、鎮男がどのようにしてあの警戒厳重なホテルから外に出たのかという点であった。あるいは、飛行船を使って脱出したのではないかとも考えてみたが、よくよく検証してみると、そのような考えは絵空事としか思えなかった。
そもそもあの後、私は地下駐車場にまで行って鎮男の車を探したのだが、Nコロの姿など影も形もなくなっていたのである。それで私は、仕方なく新幹線で東京に帰ってきたのだ。
鎮男は携帯を持たなかったし、固定電話さえ使うのは危険だとの理由で応じなかったので、もっとも確実な連絡方法といえば、直接私が彼の所に出向いていくしかなかった。
しかし、そうして、行こうか行くまいか、2,3日会社の仕事に追われて迷っているうちに、世界中で勃発していた異常事態は、霧が晴れるように急速に終息していった。

ひょっとすると、明彦の人類殲滅計画は失敗に終わったのだろうか。私はぼんやりと甘い期待を抱くようになっていた。というのも、それから一月余も鎮男からは何ら音沙汰がなく、私もまた忙しさにかまけて鎮男のところに行かないでいたのである。
そうした折、鎮男から電話があった。
「わいや。どうや、こうちゃん。あの飛行船のメッセージどおりになったやろ」
「ああ、ほんとやな。そやけど、鎮男ちゃん。あのとき、どうやってホテルを脱出したん?」
「そんな話は後や。それに、この電話は傍聴されとるで。エシュロン、知っとるやろ。みんな筒抜けや。NSCに漏れた情報は、即彼の知るところとなる。こうちゃん、明日ここで話そう」
「分かった。明日そこに行くわ」
冬至の曇り空の下、窓の外にはクリスマスのイルミネーションが鮮やかに明滅していた。私は、電話を切ったその足で車に向かった。地下駐車場へと降りながら石田大臣の言葉が頭の隅をかすめた。
[今後もしばらくは、あなたがたを観察せねばならない]