鎮男19

2012/06/03 14:49


鎮男がウォールームと呼んでいる例の地下室で、私たちは今後の戦略について話し合った。
「わいは、今回の件で、これまでの自分の考えに疑いを持つようになった。それは、ほんまに明彦は、人類殲滅なんていう大それたことを考えているんやろうか、ということや」
「そやけど、現に尻すぼみにはなってしもうたけど、世界中の軍隊をまかり間違ったら世界大戦やいう状況にしてしもうたわけやろ」
「確かにそうやけど、結果的には途中で雲散霧消してもうた」
「そやけど、それは鎮男ちゃんが手を打ったさかいやんか」
「そうや。そやけど、もしも明彦が本気で世界を滅ぼそうと考えとるんなら、わいらの力なんかそれこそ赤子の手を捻るようなもんやないかと思うんや。それを彼は、まるで寸止めのようにあと一歩いうとこで止めてしもうた。言うたら、ゴール直前にストップしてしもうたわけや」
「それがほんまやとしたら、なんでやろ。なんで明彦はそんなことをしたんやろ」
「何かわいらに訴えたいことがあるんやないやろうか、言うんが今のわいの考えや」
「死んでしもうた人間がけぇ」私は、鎮男の顔をまじまじと見た。「まるで、亡霊にでもなってしもうたみたいな言い方やなぁ」
「案外、明彦は霊になって何かを訴えようとしとるんかも知れんで」鎮男は、なぜか私から目を逸らせて言った。「人間いうもんは、どんな天才やいうても、なかなか不条理な死に方はできんもんや。そこには、他人には分らん現実的な理由が必ず存在する」
「形而上的自殺はない言うことか」
「そういうことや。巌頭の感で有名な藤村操も形而上学的原因で死んだわけやない。確かに人間は不可解やし、この宇宙自体も実に不可解やけどな。ところで、こうちゃん。そもそも形而上という言葉の由来を知っとるか。――形而上を英語で言うたら、メタフィジックスや。アリストテレスが死んだとき、フィジックス、つまり物理学の本の上に彼が研究していたその種の著作がたくさん残されていた。弟子たちが、その偉業を整理しようとしたときに、さて、これらをどう分類しようかと困った。それで、便宜的に、物理学の著作の上に置かれていたもの、つまりメタフィジックスとしたというわけや。
それはともかく、わいは、……明彦の場合は、最初は、あるいはとも考えたが、どうもそうではないという気がしてきたんや」
「そやけど、そうやとしたら、明彦は、いったい何を僕らに訴えかけようとしとるんやろ」
「そこが問題なんや。それを解決せなんだら、今回のような事件は繰り返し何度でも起きるで」

鎮男は、コンピュータを使って、明彦の父親である武藤良也のことを調べ始めた。彼のコンピュータは、インターネットにではなく専用回線によって、ある研究機関のコンピュータとリンクしていた。そうすることにより、世界中に張り巡らされた電子の網に絡め取られることを辛うじて避けていたのだ。