鎮男37

2012/06/08 22:34


「とうとう化けの皮を剥がす羽目になったようだな。丸田」鎮男が叫んだ。
「キサマガ アノアホウノオトウトダッタトハ サスガノオレモキガツカナカッタ ダガ スグニキサマモ アノアホウトオナジメニアワセテヤルカラ カクゴスルンダナ」

「良也」
叫んだのは、明彦だった。

「ナンダト コノコゾウ オヤヲヨビツケニシヤガッテ」
化け物が明彦の方に少し身体を捻ったように思われた。
「おまえに親の自覚があったとはお笑いだな」明彦が笑った。そして機関銃を構える。「おまえのような悪党を滅ぼさぬ限り人類に平穏はない。覚悟しろ」
明彦が機関銃を連射した。弾は吸い込まれるように化け物の身体に集まり、貫いた。いくつもの小さな穴が蟹の甲羅の部分に開いた。しかし、それはほんの僅かの間だけだった。穴はすぐに塞がり、化け物は何の痛痒も感じてはいない様子だった。

「バカモノメ」良也の声が轟いた。「ソンナモノガ ツウヨウスルト ホンキデオモッテイルノカ」
良也の声が終わるか終わらないうちにヒトデの化け物が通路上をすばやい動きで側転しながら舞台の上の明彦に襲い掛かってきた。

鎮男が機関銃を撃つ。ヒトデは被弾の衝撃でフリスビーのように横に回転し、そして舞台の上で倒れた。紫色の点滅が弱々しくなっている。鎮男がさらに撃つ。ヒトデの腕の一本が千切れて吹っ飛んだ。

点滅が不揃いに、ゆっくりになり、その代わりに全体がぶるぶると小刻みに震えだした。千切れた部分が人間の足に形を変えていた。そして、本体の方もしだいに左足を失くしたジローの姿に戻っていった。その口からは、「助けて下さい……」という、蚊の鳴くような声が漏れていた。
「ナサケナイヤツダ」良也が吐き出すように言った。「オマエニハ イッセンヲノリコエルドキョウガナイ ダカライツマデタッテモ チンピラノママナノダ」
突然、良也が鎮男に向って6本の腕を伸ばした。その腕の先には人間と同様に5本の指を持つ手があった。その腕がもの凄い勢いで伸びて、あっという間もなく鎮男の足と腕を捕らえ宙に持ち上げた。そして、残る2本の腕で鎮男の首を締め付けた。鎮男が苦痛に顔をゆがめている。

明彦が驚いて舞台から観客席に飛び降りると、真下からその腕をめがけて機関銃をぶっ放す。腕の何本かが千切れて吹っ飛び、鎮男は、自由になった手で機関銃を撃ちまくった。残る腕のすべてが胴から離れ、鎮男は背中から観客席の椅子の上に大きな音をたてて落ちた。私は、慌てて舞台から飛び降りると鎮男に駆け寄った。鎮男の意識ははっきりしていたが、腰を強打しており、すぐには立つことができない。私は彼の腕を取って、椅子に座らせると、彼の手から機関銃を奪い、化け物めがけて撃ちまくった。だが、すぐに弾奏が空になった。化け物は、穴だらけになっていたが、それでも倒れなかった。そればかりか、凄い回復力で穴が塞がっていき、吹っ飛んだはずの腕も少しずつ根元から再生し始めていた。

「鎮男ちゃん。いったん逃げよう。あの化けもんを殺すには、何か他の方法が必要や」
鎮男は黙って頷いた。
「平さん」明彦が機関銃を化け物に向けたまま鎮男を呼んだ。「二人で逃げてください。私がこいつを食い止めます」
「明彦君。君こそ逃げるんだ」鎮男がはっと気がついたように叫んだ。「そして、こいつを屠る武器を考えるんだ」
「ナントモウルワシキユウジョウヨノウ」良也が嘲笑った。「イッソフタリデ シリヲマクッテニゲタラドウダ」

そのとき、私の頭にふとあるアイデアが浮かんだ。私は、鎮男の手を取った。
「鎮男ちゃん」私は、鎮男の耳に小声で話した。「鎮男ちゃんは、この建物の中が自分の家のようなもんや言うとっちゃたなぁ」
鎮男は怪訝な顔をして頷いた。しかし、私の考えが以心伝心したのか、はっとしたのが分かった。
「行こ」鎮男が短く答えた。
私は、鎮男に肩を貸しながら歩き始めた。化物の腕はまだ再生の途中だった。その化物が私たちを追いかけてきた。その巨大な一歩で私たちは踏み潰されそうになる。しかし、明彦が機関銃を撃ち、カバーしてくれた。弾は、化け物の足に集中しその動きが止まった。

「コノコゾウ」良也が怒りの声を発した。私たちは、その声を背中に舞台に近い非常口から外に出た。

鎮男の回復力は、あの化け物並みだった。少しびっこを引きながらもすぐに一人で歩けるようになった。
「こうちゃん。この階は、設計図にもなかったフロアーや。そやけど、わいらが目指すところはB2にある。あの信者たちが脱出した経路を辿っていったん外に出よう」
「そやけど、明彦君は大丈夫やろうか」
「彼のことやったら心配せんでもええ。それより、良也にわいらの考えを見抜かれんうちにやらなあかん」

鎮男は、長い登り坂になった廊下を走り始めた。私もその後に続いた。突き当りを右に曲がると、今度は折り返しの上り坂になった。登りきったところの右手に非常扉があった。
そこを開けると地下駐車場に出た。ちらほらと赤い衣装が走り回っているのが目に付いた。そして、目に染みる排気ガスの刺激臭。何十台もの車が出口に向って列を成していたのだ。

「へぇー」と私は驚いた。「こんなところに通じていたんか」
「ここは、B1やな」鎮男がつぶやくように言った。「いったん中に入って、階段を使って下に下りよう」
私たちは、階段を使ってB2まで駆け下りた。鎮男は、迷路のような道筋を一度も迷わず最短距離で目的の場所に着いた。
「さあ電気室や」鎮男が独り言のように言った。
「鍵がかかっとるんやないやろうか」私はそう言いながら背の高い大きな扉の前でレバーに手をかけた。レバーはガシャッという音をさせて上に持ち上がった。それを力一杯引くと、扉はスムースに開いた。
「無用心やなぁ」鎮男が冗談のように言った。

電気室の中には、巨大な象のように見える灰色をした変圧器が3台据え付けられていた。それを冷却するファンが唸りをあげている。壁一面にベージュ色に塗られた盤が並んでおり、赤や緑のランプが点灯していた。
「こうちゃん。隣の部屋に発電機がある。まず、非常用の発電機を運転できんようにしとかんと、停電をさせてもそれで電気が活きてしまう」
「分かった」私は、隣の部屋の扉を開けた。そこは、バスケットボールが出来るほどの広い部屋だった。そこには、巨大な箱型のケーシングに入ったガスタービン式の発電機が3台あった。壁の一面に空気を取り入れるための大きな開口があって、それにはフィルターらしきものが取り付けられている。

鎮男が、発電機始動盤と書かれた盤の扉を開けた。中のブレーカーを遮断し、リレーを引き抜き、そのほかにもいくつかの細い線を引きちぎった。バシッと火花が散った。
「これでOKや。後は、停電させるだけや」
鎮男は、すぐに電気室にとって返した。
受電用の盤を開け、制御電源と表示されたブレーカーに手をかける。
「こうちゃん。わいがこのブレーカーを切ったら、すぐに停電になる。量子コンピュータは、恐らく10分程度でシャットダウンするやろう。照明の方は、非常照明が点くから真っ暗にはならんけど、その点灯時間はせいぜい30分や。その間に、あの講堂に引き返して、良也に止めを刺すんや」
「分かった」私は、緊張に全身の筋肉が強張るのを感じながら言った。
鎮男がブレーカーを切った。どこかでガシャンという音がしてすぐに電気が切れた。続いてガシャン、ガシャンという音をたてながら遮断器が次々に落ちていった。
天井を見ると、小さい透明な白熱電球が眩い光を放っていた。

「急ごう」鎮男に促されて私は彼の後に続いた。