朝鮮人従軍慰安婦と特攻隊員との齟齬 3

 

2015/08/11 10:08 

 

 

 

特攻隊への志願 

 

 

 

 昭和1910月、光山は陸軍少尉を拝命。順調な昇進だったが、翌11月、そんな彼を思わぬ不幸が襲った。京都にいた母親が逝去したのである。死に目にも会えなかったが、父親から伝えられた母の遺言は、

 

 「文博はもうお国に捧げた体だから、十分にご奉公するように」

 

 という内容のものだった。

 

 やがて、父もまた同じ気持ちであることを知った光山は、特攻を志願。折から海軍が始めた特攻に、陸軍が続いた時期であった。周囲の戦友たちも、次々と特攻を志願していた。

 

 上官の一人は、光山が朝鮮出身であることから、その覚悟の有無を改めて彼に確認した。しかし、光山の決意は固かった。上官は光山の強い意志に心を動かされた。こうして光山の特別攻撃隊への配属が決定した。

 

 昭和20年(1945年)3月、光山は一旦、三重県の明野教導飛行師団に転属。同月29日、明野教導飛行師団の主導により、14個隊もの特別攻撃隊が編成された。その内の一つである第51振武隊の隊員の中に、光山の名前はあった。隊長は荒木春雄少尉、総員12名である。

 

 

 

 第51振武隊は山口県防府飛行場を経て、知覧飛行場へと前進。光山はこうして再び知覧の地を踏むこととなった。当時の知覧はすでに「特攻基地」と化していた。

 

 

 

 光山は最初の外出日に早速、懐かしき富屋食堂を訪れた。

 

 「おばちゃーん」

 

 店の引き戸を開けて入ってきた光山の姿に、トメが驚く。

 

 「まあ、光山さんじゃないの」

 

 トメは温かく彼を迎えた。光山の相貌は以前よりも逞しくなっているように見えた。そして、トメはすぐに光山が特攻隊員であるという事実を悟った。何故なら、この時期に知覧に戻って来るのは、特攻隊員ばかりだったからである。トメの推察と不安は、光山から発せられた次の言葉によって裏付けられた。

 

 「今度は俺、特攻隊員なんだ。だから、あんまり長くいられないよ」

 

 約半年前に実母を亡くした光山にとって、トメの存在はより大きなものとして感じられたであろう。

 

 久しぶりとなるお気に入りの「離れ」に通された光山は、そこで大きく伸びをして寝転がったという。

 

 以降、光山は富屋食堂に毎日のように顔を出した。特攻隊員の外出は、せめてもの温情として、かなり自由に認められていた。

 

 

 

アリランの歌

 

 

 

 光山は父と妹を朝鮮に帰郷させた。戦況の悪化を知り及んだ光山が、朝鮮の方が安全だろうと判断して促した結果であった。

 

 

 

 そんな光山にも、確実に出撃の日が迫る。

 

 いよいよ迎えた出撃前夜の510日、光山はやはり富屋食堂の「離れ」にいた。光山はトメと彼女の娘たちを前にして、こう口を開いた。

 

 「おばちゃん、いよいよ明日、出撃なんだ」

 

 光山が心中を吐露する。

 

「長い間、いろいろありがとう。おばちゃんのようないい人は見たことがないよ。俺、ここにいると朝鮮人っていうことを忘れそうになるんだ。でも、俺は朝鮮人なんだ。長い間、本当に親身になって世話してもらってありがとう。実の親も及ばないほどだった」

 

 

 

 光山の着ている飛行服には、幾つかの小さな手作りの人形がぶら下がっていた。それらは、トメや娘たちが彼に贈ったものだった。トメが造った人形は、頭部が大き過ぎて「てるてる坊主」のようだったが、光山はこれを殊に大切にしていたという。

 

 

 

 トメが目頭を押えながら俯いていると、光山が、

 

 「おばちゃん、歌を唄ってもいいかな」

 

 と切り出した。トメは思わずこう答えた。

 

 「まあ、光山さん、あんたが唄うの」

 

 トメには光山の言葉が意外だった。それまでの光山は、他の隊員たちが大声で軍歌などを唄っている時でも、一緒に声を合わせるようなことは殆どなかったのである。

 

 「おばちゃん、今夜は唄いたいんだ。唄ってもいいかい」

 

 「いいわよ、どうぞ、どうぞ」

 

 薄暗い座敷の中で、光山が言う。

 

 「じゃ、俺の国の歌を唄うからな」

 

 光山は床柱を背にしてあぐらをかいて座り、両目を庇の下に隠すようにして戦闘帽を目深に被り直した。

 

 トメと二人の娘は、正座をして光山が唄い出すのを待った。光山はしばらく目を閉じていたが、やがて室内に大きな歌声が響き始めた。それは、朝鮮の民謡である「アリラン」であった。

 

 

 

 アリラン アリラン アラリヨ

 

 アリラン峠を越えて行く

 

 私を捨てて行かれる方は

 

 十里も行けず足が痛む

 

 アリラン アリラン アラリヨ

 

 アリラン峠を越えて行く

 

 晴々とした空には星も多く

 

 我々の胸には夢も多い

 

 

 

 

 

 彼の声の震えや鼓動、胸中に灯った心模様を想う。哀調を帯びたその節回しが意味する歴史の重層性を、我々は真に理解できるだろうか。

 

 

 

 この歌を知っていたトメは、光山と一緒になって声を揃えた。トメと娘たちは、嗚咽しながら大粒の涙を流した。最後には4人、肩を抱き合うようにして泣いた。

 

 

 

 それから、光山は形見として、トメに自らの財布を手渡した。