Paradise Lost

2011/08/29 14:15

ある麗らかな浅春の日曜日、指を絡ませながら、トオルとミアは市の公園を歩いていた。

昼下がりのSOLが、ミアの白いカーディガンやベージュ色のプリーツスカートの皺にスミレ色の柔らかな影を作っている。――最近SOLの力が衰えてきているようだ。トオルは、真っ白なTシャツの肩にカーキー色をした革のブルゾンを指で引っ掛け、ミアに合わせてゆっくり歩きながら、そう思った。SOL――それは二人がいつごろからかそう呼ぶようになった太陽のことだ。しかし、二人は、そのSOLという言葉に何か象徴的な意味があるように漠然とは感じながらも、その正体がつかめないでいた。

二人の歩く道の両側にはレンガ造りの花壇がまっすぐに伸び、色とりどりの花が微かに風に揺れている。
ふたりは、終始無言だった。ただ、その手は固く結ばれていて、それを介して密やかな会話が交わされているかのようにも思えた。

やがて、二人は公園の奥の少し小高くなった場所で休憩をとることにした。そこからは広い公園を一望することができた。この高台を挟んで公園とは反対の側に動物園と植物園があり、そこには世界中から希少な動物や植物が集められていた。この小さな人口わずか千人ほどの市が誇る施設だった。
小さな四阿のベンチに仲良く腰をかけ、二人は近くの自販機で買ったコーラのプルトップを開ける。炭酸のはじけるプシュッという音。

そのとき、ミアはトオルがあっと小さな叫び声を上げたような気がした。
「なに」と彼女は怪訝そうに顔を傾けた。その頬はここに来るまで坂道を大分歩いたせいでばら色に上気している。
「いや。なんでもない」そう言いながら、トオルの顔はコーラの缶を見たまま凍りついたようになっている。
トオル」ミアの声は自然に高くなった。「どうしたの。顔色が悪いわよ」
トオルがミアに向き直った。
「いや。急に大事な用を思い出した」そう言うなり、彼は立ち上がった。
ミアは泣き出しそうになるのを堪えながら、何も言わずトオルにならって立ち上がった。それで、その日のデートは終わりになった。こんなことはミアには初めての経験だった。

ミアは、家に帰っても少しも落ち着かなかった。悲しさと屈辱感とで胸が張り裂けそうだった。あれほど好きなトオルがひどく憎らしく思えた。
彼女は、ソファに横になり、溢れる涙に喉を詰まらせた。止め処も無く涙は溢れてくる。
彼女は涙を指で拭った。そのとき、左手の中指に小さな逆むけを見つけた。何の気なしにその小さな皮を剥いたとき、心臓がコトンと一つ空打ちした。
彼女は慌ててソファから起き上がった。そして右手で左手を握ったまま、その逆むけをよく目に近づけて見た。
その小さな三角形の傷は、何か新聞紙に開いた小さな穴のようで、その向こうからは銀色の光が溢れ出ているのだった。
「な、なに、これは・・・、いったいなにが、どうしちゃったの」
ミアの悲しみは一瞬にして恐怖に変わっていた。
彼女は、慄く足で薬品箱をさがした。あちこち行ったり来たりを繰り返しながら、やっと棚から薬品箱を降ろす。蓋が開いて、中身が床に散らばった。それにも構わず、バンドエイドを見つけると中指に巻きつけた。ただ、本能的に傷を隠したい一心からだった。
傷を塞ぐと、彼女は次に携帯を探した。何度も何度もトオルにかけようかかけまいかと迷った携帯はソファの上にあった。
今度は、彼女は躊躇なくトオルにかけた。
トオルはすぐに出た。
トオル・・・」後は声にならない。
「ミア・・・」トオルの声もこころなしか震えているようだ。
トオル。ひょっとして・・・」
「ああ。ミア、君もか」
ミアは、あのとき、トオルが黙り込んだ理由が一瞬で理解できた。
「あのとき、コーラの缶を開けたときに何かを見たのね」
「ああ。缶の底には別な世界が広がっていた」
「別の・・・」
「ああ。とにかく、ミア、ぼくはこれからそこに行こう」

いまミアとトオルは、ソファに肩を並べテレビを食い入るように見ている。画面は大変な異変を映し出していた。警察車両や救急車や報道用の車両がトンネルの前で赤や青や黄色のランプを明滅させ、警官や報道員たちが慌しく動き回っている。
映像は、トンネルの口を大きく映し出しているのだが、それはあまりに異様な光景だった。トンネルの穴の部分は、ミアが自分の指の逆むけ傷に見たのと同じような銀色の光を放っていた。しかし、それは決して単なる水銀灯の放つような光ではない。その光は、向こうにあるまったくこちらとは異種の世界の光景を映し出しているのだった。
その光景とは、冬の、雪に包まれた銀色の世界だった。
それを見たとき、トオルの心にも、そしてミアの心にも、何故か物悲しくも懐かしいような思いがひたひたと満ちてきた。
「世界が剥がれかけてきたんだ」とトオルが叫んだ。「この世の虚飾という虚飾がメッキのように剥がれ落ち始めた」
ミアは青ざめた顔でトオルを見た。
「SOLの力が無くなってきたのね」
「ああ。ぼくたちが帰るべき本当の季節が訪れたんだ」

そうしているうちにも、あらゆるものの穴や傷から、トオルの言う虚飾が剥がれ落ちていった。まるでジグソーパズルのピースがパラパラと剥がれ落ちてゆき、美しい春を描いた絵の裏に暗い冬の絵が隠されていたかのように、そこからは銀色の光とともに冷気が漏れ出した。
二人はいつの間にか、真冬の中に裸の姿で放り出されていた。空は鉛の薄板を何枚も重ねたごとく重く垂れ下がり、いつ果てるとも知れぬ小さな白いかけらがまき散らされていた。
トオルとミアは手を取り合い、泣きながら裸足で雪降る市を彷徨い歩いた。

そして、ついにテレビが映し出していたあのトンネルへとたどり着いた。
二人は、吸い込まれるように中へと入っていった。
薄暗い中を歩くうちに、二人は広大な地下の空間に出た。そこには繭のような形をした無数のカプセルが整然と並んでいた。
やがて二人は目指すカプセルを見つけた。それは、二人用のカプセルであり、その透明な液体を満たした中で裸のまま手を取り合って眠っているのは、自分たち二人の姿であった。
今、二人はすべてを思い出すことができた。SOL。それがその計画のコードネームだった。それは、Seed Of Lives の略で、第二のノア計画とも言われた。

今を去る20年前の4月、地球は監視体制を逃れたアテン系の大隕石によるディープインパクトに見舞われた。これにより地上は焼き尽くされ、空は粉塵に覆われた。陽の光は閉ざされ、地表は熱を失った。いつ終わるとも知れぬ冬が地球全体を覆った。
しかし、わずかに生き残った人類は、生命絶滅の危機に立ち上がった。一部の選ばれし者と地上に存在する多くの動物や植物の種を救うべく考え出されたハイバネーション計画。それがSOLだったのだ。
しかし、人工冬眠装置を維持するための太陽とも言うべき燃料電池に限界がきていた。燃料の水素がなくなり、もはや計画の維持は不可能となった。トオルが太陽の力が弱くなってきたと感じたのはこのせいだったのである。

コンピュータは、ついに最後のオペレーションを行使し始めた。それは、人類を一度夢から覚醒させることだった。その後にはただ死が待つだけであるとしても、真実は伝えねばならない。これがコンピュータにセットされたプログラムだった。
トオルとミアは、ハイバネーションカプセルの中で眠っている自分たちの肉体に浮遊霊のように吸い込まれていくのを感じた。
今、二人の心は平安に包まれていた。安楽死用の薬液が恒常性維持装置を通じて二人の血中に注ぎ込まれていた。
トオルとミアはいっそう強く手を握り合い、また二人して公園にデートに出かけるかのように静かに旅立っていった。

サンダカン八番娼館

2011/08/26 13:14


いつもながらの長文、どうぞご勘弁を。

サンダカン8番娼館という本をお読みになったことがおありでしょうか。そう言いながら、実はわたしはまだ読んだことがありません。ただ、今すぐにでも読んでみたいと思っています。
なぜこれを読みたいと思うようになったかといいますと、文芸春秋今月号の特集に「心に火がつく人生の話」というのがあって、その中の山崎朋子さんのお話(講演)に感動を覚えたからです。

そのお話のタイトルは「真っ黒なごはん」というものでした。山崎さんは底辺にいる女性をテーマに多くのドキュメンタリーを書かれていますが、中でも有名な著書が「サンダカン八番娼館」です。これはからゆきさんと言われる女性たちの境涯について書かれたものです。

山崎さんは、十五、六になると、少女たちは自分たちがどのような目に遭わされるか知ってしまうので、もっと年少の10歳前後の少女が身売りされたと述べておられます。そして、その少女たちは石炭船の真っ黒な穴倉に詰め込まれ、水もろくに与えられない。喉の渇きに堪えられずに穴倉に通ったパイプを歯でかじって穴を開け、その水を飲んだ為に死んだ少女もいた、と。

講演でのお話「真っ黒なごはん」は、山崎さんが熊本県天草市を訪れたときに偶然あるおばあさんに出会った(この偶然というのはおそらく、たとえば何か悩みごとなどがあって本屋に入ったら、真っ先に目に付いた本がその悩みを解決してくれるものであった、というような類の偶然であったのだろうと思います)。そして、何か気になるので、ずっとその後をつけて歩いた。おばあさんもそれに気が付いて、自分の家まで山崎さんを迎え入れてくれた。ところが、その家というのは、家とはとても言えないほどにみすぼらしいものであったそうです。それは、

「・・・二間の座敷に土間だけという、農家としてはおもちゃのようなその家は、低い天井から1メートルもの煤紐が下がり、荒壁はところどころ崩れ落ち、襖と障子はあらかた骨ばかりになっている。座敷の畳はほぼ完全に腐りきっているとみえ、すすめられるままにわたしが上がると、たんぼの土を踏んだときのように足が沈み、はだしの足裏にはじっとりとした湿り気が残るばかりか、観念して座ったわたしの膝へ、しばらくすると何匹もの百足が這い上がって来るので、気味悪さのあまり瞳を凝らしてよく見ると、何とその畳が、百足どもの恰好の巣になっていたのである」

というような有様だったのです。
よくよく話をきいてみると、山崎さんにはこの老婆がいわゆるからゆきさんだったことが分かります。どうやら、山崎さんはこの老婆に気に入られたようで、老婆は彼女にご飯を食べさせたりします。ところが、そのご飯というのが演題の通り稗や粟の混じった真っ黒なご飯だったのです。老婆はしかし、山崎さんになるべく白いご飯のところを食べさせようとしゃもじで選り分けて茶碗によそってくれたのだといいます。
また、このおばあさんは、決して山崎さんがなぜ自分のことを根掘り葉掘り聞こうとするのかを決して聞こうとはしませんでした。不思議に思った山崎さんがある日、このことをこのおばあさんに聞いてみると「おまえさんが話したくないことを、わしが聞くことはなかろう」と答えたそうです。山崎さんは、読み書きも出来ない女性ではあるが、本当の教養というものをこの女性に見た、ということを書かれています。

山崎さんは、結局3週間、途中東京の自宅(柿の木坂に家を借りて学生用に賄いつき下宿を営業していたそうです)と天草を行き来しながらこの老婆の取材を続けます。そうして500枚にも及ぶ作品が完成しますが、山崎さんは4年間出版を見合わせたそうです。それは、本を出してしまうと、老婆をはじめ多くの関係者に迷惑がかかることを恐れたからです。しかしある日、老婆に会うと「ともこ。あの本はどうした」と聞いてきました。それで山崎さんが事情を話すと、「ともこ。おまえには字があるじゃないか」と、初めてみる険しい表情で彼女を咎めたといいます。

このとき山崎さんは、はっきりと老婆の言葉の意味を理解したそうです。文盲の老婆は、もちろん本を読むこともできません。しかし、山崎さんを介して自分の生涯について世間に語り掛けることができる。そのために山崎さんの取材を受けたのです。
サンダカン八番娼館には、副題がついています。それは底辺女性史序章というものです。まさに、この老婆は世の中の底辺を徘徊した女性でした。このころの日本は、このように不幸な女性をたくさん生み出してしまうほどに貧しかったのです。

山崎さんはこのように書いています。ある会員制の講演会に会員でない方がどうしてもお話を聞かせてほしいと紛れ込んだのだそうです。山崎さんの取り計らいで、この老男性は前の方の席で真剣そのものに聞いていたそうです。そして、講演が終ると、山崎さんに歩み寄り涙ながらにこう語ったといいます。
わたしは、お話を聞かせていただきましたが、自分の過去の罪を悔やんでいます。いまわたしの身体の節々が痛みますのも、あのとき親方にいわれて、あのいたいけな少女たちを鞭で打った、その罰が当っているような気がしております。

わたしがなぜ、このような話をトピに上げたかといいますと、確かに日本は貧しく、小さな娘を身売りしなければならないようなときがありました。226事件なども、このような惨状に堪えられずに起こったというようなことも言われています。しかし、そのような暗い時代があったことは仕方がなかったのだと認めるとしても、なぜそのように酷い目にあった少女が、本当に九死に一生を得て、運よく生き延びた女性が、なぜ上に記したような悲惨な生活を送らねばならなかったのか。それに比べ、わたしたちは軍に強制徴用された従軍慰安婦などとまくしたてながら、その実は日本軍の将校の給料などよりもはるかに多くの金を荒稼ぎをしていた朝鮮の売春婦たちには手厚く保障がなされている。そのことにまったく納得がいかないからです。

意志と心

2011/08/21 14:53


以前に意志というものについて駄文をものした。意志とは、自由意志などというように人間が自律的に何かを実行、または決定することである。そこでわたしが問題としたのは、自由とか自律とか言うけれども、本当にそうなのだろうか、ということだった。

人間というものを一つの系として考えるならば、その系の行いや思想はまったく自由で自律的なものに見えるかも知れない。ところが、デカルトのように人間を一個のロボットと看做すなら、そのロボットは内部プログラムによって、外部からの刺激や情報を処理すべきデータとして動いているのである。人間の場合にややこしいのは、果たしてそのようなプログラムが本当に仕組まれているのだろうか、という点である。しかし、これは間違いなくある。生まれたての赤ん坊を見れば分かる。オギャーと泣くのも、乳を求めるのも、あれは本能という名のプログラムによるものなのである。そして、このプログラムは、実に精緻にできている。生存に必要な最低限の本能と、さらにより良く、・・・というより、より狡猾に、もう少し穏当な言葉を使うなら、より功利主義的、実利主義的に生きようとするプログラムを備えている。つまりは利己的な遺伝子が組み込まれているのである。たとえそれが利他的に見えようとも、その基本には利己があるのだ。

わたしたち人間は利己的なプログラムに支配されている。それゆえに様々な不幸が起きる。利己は往々にして別の利己と矛盾するから、そこに争いが生ずる。争いは時に大きな戦争にまで発展する。すなわちこれは、所詮人間というのは猿が進歩した動物に過ぎないということの証明である。人間も利己的遺伝子の支配を強く受けているということである。

人間も利己的遺伝子の影響を強く受けている。これは分かった。そうすると、人間の意志というものにもこれの影響はないだろうか。何か重大な決断をするとき、あるいは今日は少し頭痛がするから学校へ行くのを止めようか、それとも頑張って行こうか、と迷っているとき、行くか、休むかの二者択一はどのように決定されるか。それは、いろいろな要因に左右されるであろう。頭痛の程度。昨日好きな先生に怒られた。学校を休むと母親がひどく悲しむ。友達のA君と遊びたい。数学の成績が心配だ。今日は雨が降っている。・・・まぁ、国の将来に関わるような重大な決断でも、学校をサボろうかどうしようかという他愛のない小学生の決断でも、だいたいどちらが自分にとって都合が良いかの計算に帰すると思うのである。

要は、意志というものの基礎にあるのは自己に有利になるように計算であり、脳はこれを自動的に行っているわけで、その余は何らかの偶然や錯誤によるものである。
鶏がミミズと団子虫のどちらを先に啄ばむかは、鶏の意志によるものである。しかし、その意志そのものは、雷の落ちようとする意志と同じである。雷が大きな樹に落ちるか、それともゴルファーの振り上げたクラブに落ちるかはその瞬間の大気の状態などの複雑なパラメータによって決まる。鶏がミミズを選ぶか団子虫を選ぶかも脳内の様々なパラメータによって決まる。わたしが思う意志とはこういうものである。つまり、自然現象と同じで極めて複雑な計算の上に成り立っているものなのである。

では、心はどうだろう。意志が外部への何かの投射であるとするなら、心は何かの反映である。意志を太陽とするなら、心は月に喩えられよう。心は受身であり、名優の涙にしても、あれは決して意志の直接的な投射ではない。あれは自らの心に自らの意志を作用させることによって流れているのである。

それでは心は、いや感情はどのようにして生じるのか。
わたしに言わせれば、感情とは味覚のようなものである。様々な外的な刺激が脳の味蕾にぴったり嵌ったために発生したものである。味蕾が甘い、辛い、苦い、酸っぱい、それに旨みなどを感じるように、様々な外的、及び内的刺激が喜怒哀楽を呼び起こす。
そしてその感情も、利己的なプログラムの上に乗っかったものであることは間違いない。感情は、自己に優位かどうかを正確に示す秤だからである。

三島の檄文

2011/08/21 17:08

以前にトピに上げたものです。

途方もない災難が日本を襲いました。いえ、災難は今もなお牙を剥き出しにして襲いかかろうとしています。
この度の災害に際し、これは我が国の在りように対する神のお怒りである、とお感じになった会員の方も多いのではないかと思います。わたしもスピリチュアルな人間ではありませんが、それでもこのような未曾有の天災を目の当たりにすると、これはやはり、八百萬の神々からのわたしたちに対する警告であるに違いないと考えてしまいます。
自衛隊と我が同盟国であるアメリカが必死になって救援活動を展開させている、まさにその上空で、この機に乗ずるかのように露助やシナが偵察機を飛ばしています。
わたしは、災害救助は大変に有難いことではあるけれども、さらなる国難に備え、自衛隊は速やかに本来の国防業務に立ち戻るべきと考えます。米軍が空母を近海に展開しているのは、単に災害救助のためでないことは確かです。油断も隙もない国家がすぐ隣に存在しているのです。

今回の災害により、自衛隊は図らずもその存在意義を世に明らかにしました。しかし、今回は天災でしたが、次が侵略の脅威でないとは言えません。国力が弱ったときこそ、敵にとっては侵略の機会となります。想像してください。凶暴なシナの革命軍が疲弊した我が国に侵入し蹂躙の限りを尽くすのを。今こそ、自衛隊について真剣になって考えるときではないでしょうか。

ここに、自衛隊を心から愛し、その将来を憂えて死んだ国士の檄文があります。
自衛隊とは何か、如何にあるべきかを考える一つの資料となれば幸いです。

われわれ楯の会は、自衛隊によって育てられ、いわば自衛隊はわれわれの父でもあり、兄でもある。その恩義に報いるに、このような忘恩的行為に出たのは何故であるか。
かえりみれば、私は四年、学生は三年、隊内で準自衛官としての待遇を受け、一片の打算もない教育を受け、又われわれも心から自衛隊を愛し、もはや隊の柵外の日本にはない「真の日本」をここに夢み、ここでこそ終戦後ついに知らなかった男の涙を知った。ここで流したわれわれの汗は純一であり、憂国の精神を相共にする同志として共に富士の原野を馳駆した。このことには一点の疑いもない。われわれにとって自衛隊は故郷であり、生ぬるい現代日本で凛冽の気を呼吸できる唯一の場所であった。教官、助教諸氏から受けた愛情は測り知れない。しかもなお、敢えてこの挙に出たのは何故であるか。たとえ強弁と云われようとも、自衛隊を愛するが故であると私は断言する。
 われわれは戦後の日本が、経済的繁栄にうつつを抜かし、国の大本を忘れ、国民精神を失い、本を正さずして末に走り、その場しのぎと偽善に陥り、自ら魂の空白状態へ落ち込んでゆくのを見た。政治は矛盾の糊塗、自己の保身、権力欲、偽善にのみ捧げられ、国家百年の大計は外国に委ね、敗戦の汚辱は払拭されずにただごまかされ、日本人自ら日本の歴史と伝統を涜してゆくのを、歯噛みをしながら見ていなければならなかった。 
われわれは今や自衛隊にのみ、真の日本、真の日本人、真の武士の魂が残されているのを夢みた。しかも法理論的には、自衛隊違憲であることは明白であり、国の根本問題である防衛が、御都合主義の法的解釈によってごまかされ、軍の名を用いない軍として、日本人の魂の腐敗、道義の頽廃の根本原因を、なしてきているのを見た。もっとも名誉を重んずべき軍が、もっとも悪質の欺瞞の下に放置されて来たのである。自衛隊は敗戦後の国家の不名誉な十字架を負いつづけて来た。自衛隊は国軍たりえず、建軍の本義を与えられず、警察の物理的に巨大なものとしての地位しか与えられず、その忠誠の対象も明確にされなかった。われわれは戦後のあまりに永い日本の眠りに憤った。自衛隊が目ざめる時こそ、日本が目ざめる時だと信じた。自衛隊が自ら目ざめることなしに、この眠れる日本が目ざめることはないのを信じた。憲法改正によって、自衛隊が建軍の本義に立ち、真の国軍となる日のために、国民として微力の限りを尽すこと以上に大いなる責務はない、と信じた。
 四年前、私はひとり志を抱いて自衛隊に入り、その翌年には楯の会を結成した。楯の会の根本理念は、ひとえに自衛隊が目ざめる時、自衛隊を国軍、名誉ある国軍とするために、命を捨てようという決心にあつた。憲法改正がもはや議会制度下ではむずかしければ、治安出動こそその唯一の好機であり、われわれは治安出動の前衛となって命を捨て、国軍の礎石たらんとした。国体を守るのは軍隊であり、政体を守るのは警察である。政体を警察力を以て守りきれない段階に来て、はじめて軍隊の出動によって国体が明らかになり、軍は建軍の本義を回復するであろう。日本の軍隊の建軍の本義とは、「天皇を中心とする日本の歴史・文化・伝統を守る」ことにしか存在しないのである。国のねじ曲った大本を正すという使命のため、われわれは少数乍ら訓練を受け、挺身しようとしていたのである。
 しかるに昨昭和四十四年十月二十一日に何が起ったか。総理訪米前の大詰ともいうべきこのデモは、圧倒的な警察力の下に不発に終った。その状況を新宿で見て、私は、「これで憲法は変らない」と痛恨した。その日に何が起ったか。政府は極左勢力の限界を見極め、戒厳令にも等しい警察の規制に対する一般民衆の反応を見極め、敢えて「憲法改正」という火中の栗を拾はずとも、事態を収拾しうる自信を得たのである。治安出動は不用になった。政府は政体維持のためには、何ら憲法と抵触しない警察力だけで乗り切る自信を得、国の根本問題に対して頬かぶりをつづける自信を得た。これで、左派勢力には憲法護持の飴玉をしやぶらせつづけ、名を捨てて実をとる方策を固め、自ら、護憲を標榜することの利点を得たのである。名を捨てて、実をとる! 政治家たちにとってはそれでよかろう。しかし自衛隊にとっては、致命傷であることに、政治家は気づかない筈はない。そこでふたたび、前にもまさる偽善と隠蔽、うれしがらせとごまかしがはじまった。
 銘記せよ! 実はこの昭和四十四年十月二十一日という日は、自衛隊にとっては悲劇の日だった。創立以来二十年に亘って、憲法改正を待ちこがれてきた自衛隊にとって、決定的にその希望が裏切られ、憲法改正は政治的プログラムから除外され、相共に議会主義政党を主張する自民党共産党が、非議会主義的方法の可能性を晴れ晴れと払拭した日だった。論理的に正に、この日を境にして、それまで憲法の私生児であつた自衛隊は、「護憲の軍隊」として認知されたのである。これ以上のパラドックスがあろうか。
 われわれはこの日以後の自衛隊に一刻一刻注視した。われわれが夢みていたように、もし自衛隊に武士の魂が残っているならば、どうしてこの事態を黙視しえよう。自らを否定するものを守るとは、何たる論理的矛盾であろう。男であれば、男の衿がどうしてこれを容認しえよう。我慢に我慢を重ねても、守るべき最後の一線をこえれば、決然起ち上るのが男であり武士である。われわれはひたすら耳をすました。しかし自衛隊のどこからも、「自らを否定する憲法を守れ」という屈辱的な命令に対する、男子の声はきこえては来なかった。かくなる上は、自らの力を自覚して、国の論理の歪みを正すほかに道はないことがわかっているのに、自衛隊は声を奪われたカナリヤのように黙ったままだった。
 われわれは悲しみ、怒り、ついには憤激した。諸官は任務を与えられなければ何もできぬという。しかし諸官に与えられる任務は、悲しいかな、最終的には日本からは来ないのだ。シヴィリアン・コントロールが民主的軍隊の本姿である、という。しかし英米シヴィリアン・コントロールは、軍政に関する財政上のコントロールである。日本のように人事権まで奪はれて去勢され、変節常なき政治家に操られ、党利党略に利用されることではない。
 この上、政治家のうれしがらせに乗り、より深い自己欺瞞と自己冒涜の道を歩もうとする自衛隊は魂が腐ったのか。武士の魂はどこへ行ったのだ。魂の死んだ巨大な武器庫になって、どこかへ行こうとするのか。繊維交渉に当っては自民党売国奴呼ばはりした繊維業者もあったのに、国家百年の大計にかかわる核停条約は、あたかもかつての五・五・三の不平等条約の再現であることが明らかであるにもかかわらず、抗議して腹を切るジエネラル一人、自衛隊からは出なかった。
 沖縄返還とは何か? 本土の防衛責任とは何か? アメリカは真の日本の自主的軍隊が日本の国土を守ることを喜ばないのは自明である。あと二年の内に自主性を回復せねば、左派のいう如く、自衛隊は永遠にアメリカの傭兵として終るであらう。
 われわれは四年待った。最後の一年は熱烈に待った。もう待てぬ。自ら冒涜する者を待つわけには行かぬ。しかしあと三十分、最後の三十分待とう。共に起って義のために共に死ぬのだ。日本を日本の真姿に戻して、そこで死ぬのだ。生命尊重のみで、魂は死んでもよいのか。生命以上の価値なくして何の軍隊だ。今こそわれわれは生命尊重以上の価値の所在を諸君の目に見せてやる。それは自由でも民主主義でもない。日本だ。われわれの愛する歴史と伝統の国、日本だ。これを骨抜きにしてしまった憲法に体をぶつけて死ぬ奴はいないのか。もしいれば、今からでも共に起ち、共に死のう。われわれは至純の魂を持つ諸君が、一個の男子、真の武士として蘇えることを熱望するあまり、この挙に出たのである。

 三島由紀夫

2010.08.02産経「正論」より

2011/08/20 23:00

以下は、去年の8月2日にトピとして上げたものです。歴史御杖代さんからもコメントを戴きました。余りに新保氏の文章が秀逸なので、もう一度掲載しようと思います。

本日(8月2日)の産経新聞は、石原慎太郎氏の「日本よ」も「正論」も素晴らしかった。両方とも紹介したいくらいなのですが、今日は「正論」を、文芸評論家で都留文科大学教授の新保祐司氏の「欺瞞を脱し『本来の日本』再建を」と題するコラムを紹介させていただこうと思います。

このコラムのキーワードは「かのよう」なです。これは、森鴎外の作品「かのよう」から新保氏が思いついたとのことです。最初を少し端折らせていただきます。

「聡明な懐疑主義者として、鴎外はドイツの哲学者「ファインゲル」の『かのようにの哲学』を参考にしながら、自由とか義務とか絶対とかは存在しないが、それらが存在する「かのように」考えなければ、人間の倫理は成りたたない、という。そうなると、社会は崩壊してしまうから、自由とか義務とか絶対とかがある「かのように」考えるというのである。
近代日本における最高の宗教哲学者・波多野精一は、このような考え方を「自覚された虚偽の世界。「欺瞞の態度」と批判したが、この「かのように」見なして生きる態度は、鴎外個人を超えて、近代の日本人の精神の底に潜んでいる。
私は、戦後の日本に、このような「自覚された虚偽」「欺瞞の態度」を強く感じるのである。昭和27年4月28日に、日本は独立した。しかし、その後の日本は、自主独立の国家であろうか。独立した国家である「かのよう」な国家ではないか。
「占領下」に現行憲法は作られた。独立後も、この憲法を日本人が作った憲法である「かのように」思い込もうとしている。
このように根本のところで「かのよう」なものの「欺瞞」をしている国家は、結局国家である「かのよう」な国家であり、その中で生きている日本人も日本人である「かのような」国民にすぎなくなる。さらには、そういう国では、人間は生きている「かのような」国民になっていってしまうのではないか。今日、流行している文化は、そのような人間にふさわしいものである。
今、必要なのは、この趨勢を逆転して日本である「かのよう」な日本を、本来の日本に立て直すことである。

どうでしょう。実に手厳しいけれども、腹の底にずんとくるような言葉だとわたしは感じました。そして、目の覚めるような文章がさらに続きます。

「勇ましい高尚なる生涯」

国家がそういう確固としたものに回復するのには、まず国民一人一人が、住民や市民、あるいは地球人といった虚しい存在から脱却して、本来の日本人という国民にならなければならない。
そのための一つの道しるべとして、私は内村鑑三の『後世への最大遺物』を夏休みの読書として読むことをすすめたいと思う。これを一人でも多くの日本人が読み、何か一つでも行動に移していけば、日本人は、あるいは日本という国家は「かのよう」な存在であることから、本来の自主独立した存在へと脱却していくであろう。
『後世への最大遺物』は、明治27年、鑑三が33歳の時に箱根で行った講演である。現在、岩波文庫に『デンマルク国の話』とともに一冊になっている。

人間が遺すものに、金や事業や思想がある。しかし、これらは何人にも遺すことができるものでもないし、また「最大遺物」でもない。鑑三は、それならば最大遺物とはなんであるか。私が考えて見ますに人間が後世に遺す事の出来る、そうして是は誰にも遺す事のできるところの遺物で利益ばかりあって害のない遺物である。それはなんであるかならば勇ましい高尚なる生涯であると思います。是が本当の遺物ではないかと思う」と語っている。

金、事業、思想といったものよりも「勇ましい高尚なる生涯」の方が「最大」なのだという逆説を分かっている日本人が、日本という国家を支えてきた国民であった。鑑三は、この講演を「我々は後世に遺すものは何にもなくても、我々に後世の人に是ぞと云うて覚えられるべきものは何にもなくとも、あの人は此の世の中に活きて居る間は真面目なる生涯を送った人であると云われるだけの事を後世の人に遺したいと思います」と結んでいる。

「勇ましい高尚なる生涯」を志す人間は、日本である「かのよう」な国家に生きていることに耐えることができない。今や、日本であることにしっかりと根差した本来の日本の再建にとりかかるべき秋である。

わたしは、これをすばらしい檄文と捉えました。内村鑑三の『後世への最大遺物」是非読んでみたくなりました…

阿南惟幾 日本のいちばん長い日

2011/08/15 12:56


文藝春秋2008年5月号 保坂正康氏(ノンフィクション作家)の

新資料公開
ニ・ニ・六と聖断 阿南自決の真相より

阿南陸相終戦の日(遺書では昭和二十年八月十四日夜)に「一死以テ大罪ヲ謝シ奉ル 神州不滅ヲ確信シツヽ」と遺し自決している。
新資料とは、偕行社(旧陸軍士官学校出身の将校たちがつくる財団法人)の機関紙『偕行』2008年二月号に掲載したものである。
わたしには、ここに阿南惟幾切腹の伏線が含まれているように思われた。
東京幼年学校校長として、阿南は以下の訓話をし、決起部隊に対する怒りを露にしている。そこには我が国体の本義や忠君忠孝が説かれ、青年将校たちが陥った民主社会主義が我が国体と相容れないものであることなどが述べられている。
思えばすでに当時、社会主義思想の影が軍部をも染めようとしていたのだ。そしてこの影は我国を戦争へ、そして敗戦へと導いていったのである。

帝都不祥事件に関する訓話
昭和一一・三・十二
於第一講堂

去る二月二十六日早朝我陸軍将校の一部が其部下兵力を使用して国家の大官を殺害し 畏くも宮城近き要地を占拠せる帝都不祥事件は諸氏の己に詳知せるる所なり。而して其蹶起の主旨は現下の政治並社会状態を改善して皇国の真姿発揚に邁進せんとせしものにして憂国の熱意は諒とすべきも其取れる手段は全然皇軍の本義に反し忠良なる臣民としての道を誤れり。以下重要事項につき訓話する所あらんとす。

第一、 国法侵犯並軍紀紊乱

単に同胞を殺すこと既に国法違反なるに 陛下の御信任ある側近並内閣の重臣特に陸軍三長官の一人たる教育総監を殺害するが如きは国法並軍紀上何れより論ずるも許すべからざる大罪なり。

一、重臣に対する観念

仮りに是等重臣に対し国家的不満の点ありとするも苟も陛下の御信任厚く国家の重責を負いたるものを擅に殺害駆除せんとするが如きは臣節を全うするものにあらず。先ず陛下に対し誠に恐懼に堪えざる事なるを考えざるべからず。

忠臣大楠公の尊氏上洛に処する対策用いられず之を湊川に邀撃せんとするや当事に於ける国家の安危は到底昭和の今日の比に非ざりしも正成は尚御裁断に服従し参議藤原清忠を斬るが如き無謀は勿論之を誹謗だにせず一子正行に桜井駅遺訓す。言々国賊誅滅一族殉国の赤誠あるのみ。而して戦利あらず弟正季と相刺ささんとするや「七度人間に生れて此賊を滅さん」と飽く迄大任の遂行を期して散りたるが如き誠に日本精神の発露にして忠臣の亀鑑たるは言うまでもなく特に責任観念の本義を千載の後に教えたるものにあらずや。自己の職責と重臣に対する尊敬とは此間によく味うを得べく今回の一部将校の行為と霄壤の差あるを知るべし。

ニ、長老に対する礼と武士道

重臣就中陸軍の長老たる渡辺教育総監を襲いし一部の如きは機関銃を以って数十発を発射し更に軍刀を以て斬り付けたる如き陸軍大将に対する礼儀を弁えざるは勿論其他高橋蔵相斉藤内府等に対しても一つの重臣に対する礼を知らず実に軍紀を解せず武士道に違反し軍人特に将校としての名誉を汚辱せるものなり。

彼の大石良雄等四十七士が苦心惨憺の後吉良上野介を誅せんとするや不倶戴天の仇に対しても良雄は跪きて短刀を捧げ「御腹を召さるるよう」と懇ろに勧告して武士の道を尊び已むを得ざるを見て「然らば御免」とて首を打ち総ての場合に於て「吉良殿の御首頂戴」等いとも鄭重なる敬語を用い居る所真に日本武士の大道に叶えるものと言うべし。今回の将校等殆ど全部が幼年校又は士官校に学べるものなるに斯かる嗜みなかりしは臭を千載に残すものにして武夫の礼、武士の情を知らざるが如きは己に軍人として修養の第一歩を誤りたるものとす。諸子反省せざるべけんや。

二、遵法の精神

動機が忠君愛国に立脚し其考えさえ善ならば国法を破るも亦已むを得ずとの観念は法治国民として甚だ危険なるものなり。即ち道は法に超越すと言う思想は一歩誤れば大なる国憲の紊乱を来すものなり。道は寧ろ法によりて正しく行わるるものなりとの観念を有せざるべからず。

古来我憂国の志士が国法に従順にして遵法の精神旺盛なりしは吾人の想像だに及ばざるものあり。

吉田松陰の米船により渡航を企つるや其悩みは「国法を犯す」ことなりき。故に此件につき佐久間象山に謀りしに象山は近海に漂流して米船に救い上げられば国禁を犯すにあらずとの断案を授けぬ。松陰大に喜び以て大図を決行せしなりと伝う。又林子平が幽閉中役人さえ密かに外出して消遣然るべしと勧告せしに

月と日の畏みなくはをりゝは

人目の関を越ゆべきものを

とて一歩も出でざりきとぞ。先生の罪は自ら恥ずる所なく愛国の至誠より出でたるにも拘らず尚且斯の如く天地神明に誓って国法を遵守せしが如きは如何にも志士として恥じざるものと謂うべし。此等忠臣烈士は仮令幕府の法に問われ或は斬罪の辱を受しと雖も奕々たる精神は千載の下人心を感動せしめ且つ世道を善導せる所以を思うとき今回の事件が武人として吾人に大なる精神的尊敬を起さしめ得ざるもの茲に原因する所大なるものあるを知るべし。

第二、 統帥権干犯行為

彼ら一部将校は徒に重臣等共の統帥権干犯を攻撃し之を以て今回蹶起の一原因に数え悲憤慷慨せり。然るに何ぞ擅に皇軍を私兵化し軍紀軍秩を紊乱して所属長官の隷下を離れ兵器を使用し同胞殊に重臣殺戮の惨を極め剰え畏くも皇居に近き官庁官舎を占拠せるが如き全く自ら統帥権を蹂躙破壊せるものにして其罪状と国の内外及将来に及ばす悪影響とは蓋し彼等の唱うる重臣の過失に倍すること幾何ぞや迷妄恐るべきかな。

第三、 抗命の行為

 霞ヶ関付近要地占領後自ら罪に服せざるは勿論所属師団長以下上官の諄々たる説諭も帰隊に関する命令も全然耳を仮さず或は条件を附し或は抗命の態度を取る等軍紀を破壊せり。而して是等一部将校に率いられたる下士兵の行動は多くは真事情を知らず唯上官の命の儘に行動せるもの多きも未だ其心理の詳細に到りては明かならず。他日判明を待ちて研究する所あらんとす。但し今日の教訓として軍人の服従に関する心得中左の二項は特に肝銘しおかざるべからず。

一、服従の本義は不変なり

 服従の精神は依然として 勅諭礼儀の条の 聖旨に基き従来と何等変化なく「服従は絶対」ならざるべからず。

今回の如き特例は以て服従に条件を附するが如きことあらんか忽ち上下相疑うの禍根を生じ軍隊統率軍紀の厳粛(訓育提要軍紀の章参照)に一大亀裂を与うるものなり深く戒めざるべからず。

ニ、上官特に将校の反省と教養

 上官たらんものは「上官の命令を承ることは実は直ちに朕が命を承る義なりと心得よ」との 聖旨を奉体し常に至尊の命令に代りて恥じざる正しき命令の下に服従を要求すべきものにして猥りに「国家の重臣を殺せ」など命令するが如きことあらんか啻に命令の尊厳を害い服従の根底を破壊するのみならず将来部下の統率は絶対に不可能に陥らん。嘗て戒め置けるが如く「其身正不正雖令不従」(論語 訓話第一号の如く書きある書物あり)と。即ち服従の精神を繋ぐものは下にあらずして上官にあることを忘るべからず。故に将校たらんとする諸子は今日より先ず其身を正しくし教養を重ね部下をして十分の信頼を得しめ喜んで己に服従し命令一下水火も辞せざらしむる底の人格と識見とを修養することを第一義となさざるべからず。

第四、最後の態度

 事件最後の時機に於て遂に 勅命下るに至る。誠に恐懼に堪へざる所なり。如何なる理由あらんも一度 勅命を拝せんか皇国の臣民たらんものは啻に不動の姿勢を取り自己を殺して 宸襟を悩まし奉りし罪を謝し奉るべきなり。然に惜むらくは彼等は此期に及んで尚此大命すら君側の奸臣の偽命なりとして之に服さざるが如き其間如何なる理由あるにもせよ寔に恐懼痛心に堪えざる所にして実に 勅諭信義の御戒に背きしものと謂うべく事茲に至りて彼等の心境に多大の疑問を残すに至り同胞軍人として遺憾至極とす。

一、自決と服罪

 我国にて自決、切腹等は武士が戦場等に於て已むを得ざる場合其名誉を全うせんが為取りしに始まり己が国法を犯したるとき等は自ら殺す即ち自ら罪を補うは御上に対し其道に背きし一種の謝罪を意味す。畢竟切腹は武士の面目を重んじたるものなり。己の行動が死罪に値するとせば更に絞首火炙りに値するやも知れず故に潔く服罪して処罰を仰ぐを武士道とせるが如し。是れ大石良雄の復讐達成後の覚悟及処置にても明かにして万一にも死罪を免ぜらるる事ありとするも少くも良雄と主税とは自決して罪を天下に謝すべきものなりとの信念を有したりしとき聞く。

 是れ真の武士道なり。然るに今回の事件に際し将校等が進んで罪に服するにもあらず僅か二名が自殺し一名未遂に終りしのみなりしは我武士道精神と相隔つること大なるものにして吾人は此際自決するを第一と考うるも一歩を譲りて若し我儘の自決が 陛下に対し奉り畏れ多しと感ぜしならば潔く罪に服すべきものなりと断ぜざるを得ず。

ニ、彼等の平素

 彼等の平素に於て人格高潔一隊の輿望を担いつつありしもの決して之れなしとせざるも仄聞する所によれば其大部は上官同僚にさえ隔心あり隊務を疏外して本務たる訓練に専心ならず軍務以外の研究に没頭し武人として必ずしも同意し得ざる点多々ありしと。平素の人格高潔にして真に至誠人を動かし而も最後に潔く自決するか又真に大罪を闕下に謝せんが為従容進んで罪に服せしならんには少くも今回の挙は精神的に日本国民の多大の感銘を与うるものありしならんに其平素の行為と最後の処置を誤りし点とに於て一段同情と真価とを失えりと言わざるべからず。夫れ其身を修むべしとは古諺に明示せられある所深く思わざるべからず。

第五、 背後関係

 本事件の背後関係につきては未だ確報を得ざるも北輝次郎、西田税一派と密接なる連絡ありしものの如く其大部が彼の「日本改造法案」を実効せんとするが如き主義に基けるにあらずやとの疑あり。果して然りとせば深く戒慎を要するものあり。彼の改造法案は己に昭和二年頃一読せしことあり。其後も吾人の間には屡々話題に上りしものにして其主旨が国家社会主義と言わんより寧ろ民主社会主義に近く我国体の本義に一致せざるは何人も明かに認め得ざる所なるに彼等一部青年将校は其純真なる心情より徒に彼等を過信し或はよく之を熟読批判することなく彼等の主張に引きつけられしものならん。もし之に心酔せりとせば将校として其見識殊に国体観念に於て研鑽と信念の不十分なるによるべく寧ろ此点同情に堪えざるものあり。以上の如き心境は羊頭を掲ぐる幾多不穏思想の乗ずる所となり易く彼の欧州大戦時に於ける独海軍及び露軍の革命参加の経過より見るも明かにして(例記載を除く)一歩を誤らば皇国皇軍を危険に導くもの之より大なるは莫し。軍隊の棹?たらんものは自ら修養と研鑽と積み皇軍将校としての大綱を確実に把握し何物も動かすべからざる一大信念に生き苟も羊頭狗肉の誘惑に陥るが如きことあるべからず。

第六、 結論

 以上は事件の経過に鑑み比較的公正確実なる情報を基礎として生徒に必要なる条件につき説明訓話せるものにして如何なる忠君愛国の赤誠も其手段と方法とを誤らば 大御心に反し遂に大義名分に戻り 勅諭信義の条下に懇々訓諭し給える汚命を受くるに至る諸子は此際深く自ら戒め鬱勃たる憂国の情あらば之を駆って先ず自己の本分に邁進すべし。是れ忠孝両全の道にして各条述ぶる所は此忠孝一本の日本精神に基ける千古不磨の鉄則なり。今回の事巷間是非の批判解釈多種多様ならんも本校生徒たる諸子は堅く本訓話の主旨を体し断じて浮説に惑わさるることあるべからず。

真・善・美

2011/07/30 09:57


藤原正彦さんの「日本人の誇り」を読んでいて、「真と善と美は同じものの違う側面である」という言葉に出会った。
もっともこの言葉は、藤原さんの発明ではなくて20世紀最大の数学者と讃えられるヘルマン・ワイルが発したものである。
藤原さんは自身が数学者であるから、真と美が同じものであるというのはよく理解できると書かれている。これは数学の才能に恵まれなかったわたしにさえよく理解できる、ような気がする。たとえば、オイラーの宝石とファインマンが称した数式である。これは、小川洋子さんの「博士の愛した数式」にも登場するが、

e^iπ=-1  

というものである。

オイラー以前のいったい誰であれば、円周率のπと自然対数の底であるe、そして虚数単位のiの間にこのような関係があることに気がついたであろうか。この式が人類の至宝と呼ばれる由縁である。
わたしは、この式は実にシンプルで美しいと思う。そして、この式には未だ解明されない神意が隠されているに違いないとさえ思うのである。

このように、真と美は切り離すことのできないものである。つまりすべて真実は、どういうわけかわたしたちに美を感じさせるように出来ている。
たとえば絶世の美人を見たとしよう。あるいは、わたしのような美男でもよい。なぜ、人は心を惹き寄せられてしまうのであろうか。いや、人だけではない。鳥や魚にさえ審美力はある。彼らの場合は、大抵雌が雄の美しさに引き寄せられる。普段は地味な色の魚が繁殖期になると婚姻色と言われる美しい色に染まるのは雌に自分の美しさをアッピールするためである。また、燕の雌が雄の長ーい燕尾服の裾に惹かれるのもこのためである。
燕の長い尾羽に雌がどのような魅力を感じているかは想像もできないが、きっとヒトのメスが、オスが腰をくねらせ汗を飛ばしながら愛を歌い舞い踊る姿にキャーキャー声を上げ、ギタリストの長い薬指に失神しそうになるくらい興奮するのと同じ事であろう。
そして、この美しさの裏には実は、種の保存に欠かせないその個体が持つ遺伝的優秀さ、強さが隠されているのである。

さて、ではこれら真・美と善が同一のものであると20世紀最大の数学者が思い至った根拠は何であったのだろうか。
真と美の統一理論は自然科学からの帰納法によって証明する事ができた。しかし、善はきわめて人間的なもの、あるいは命を持つものだけに適用することのできる言葉である。真と美とはすこし趣の違う言葉ではないだろうか。
いや、でも良いのだ。わたしたち人間は人間としての言葉しか語れない。だから、善が極めて人間的な言葉であることは当然である。また、真にしても美にしても同じである。人間として見て、真と美、そして善は同じものであるということなのだ。

藤原さんは、善が真と美と同じものであるということが分かった時のことを次のように述べられている。
「日本人が道徳上の善悪を宗教や論理ではなく、『汚いことはするな』などといった美醜によって判断してきたことに気付いた時、ヘルマン・ワイルの言ったことが単なる哲学的独り言ではないと納得したのでした」