誰が為に鐘は鳴る

2009/12/21 22:16


除夜の鐘まで10日を余すのみとなった。歳をとればとるほど月日の過ぎ去るスピードが加速していくのを実感する。10歳の少年にとっては1年は人生の10分の1、しかし50歳のわたし(少し鯖を読んで)には50分の1でしかない。10歳の頃に比べて5倍もの速度で月日は流れていくのだ。

子供の頃は、除夜の鐘の音を非常に荘厳なものとして聞いた。自分に108も煩悩があるなどとは信じなかったが、粉雪の舞う寒い中で、一つ・・・、二つ・・・、と聞いていくうちに少しずつ年が改まっていくのだという感覚は確かにあった。

しかし、今日は冬至で除夜の鐘にはまだ少し早いから、わたしの好きな二つの鐘の音について書こうと思う。
一つは、西部劇「ハイヌーン」のはじめのシーンで鳴る鐘の音である。ご存知の方も多いと思うが、この西部劇はテックス・リッターのテーマソングでも有名である。
ストーリの紹介は野暮なのでやめておくが、わたしが一番好きなのは、このならず者たち3人が示し合せた場所に馬に乗って集まる最初のシーンなのである。一人がタバコを吸いながら、大きな木の影で後の2人を待っている。そこにはるか遠方から馬を飛ばしてもう一人が現れる。そしてしばらくするとまた一人が駆けつけてくる。そうして3人が揃うと、正午の汽車で到着するはずの頭目であるミラーを待つために町へと馬を走らせる。カメラが3頭の馬の後ろを映し出す、ちょうどそのときになぜか鐘の音が聞こえてくるのである。
なぜ鐘の音が聞こえるかは、下に歌詞を紹介するので推理していただきたい。

HIGH-NOON
                       
Do not forsake me, oh my darlin' On this our wedding day             
Do not forsake me, oh my darlin' Wait, wait alone                   
I do not know what fate awaits me I only know I must be brave        
For I must face a man who hates me 
Or lie a coward, a cravin(craven)' coward Or lie a coward in my grave
Oh to be torn twixt love and duty Supposin' I'll lose my fair-haired beauty
Look at the big hand move along Nearin' high noon                 
He made a vow while in state prison Vowed 'it'd be my life or his
And I'm not afraid of death Bart oh what shall I do if you leave me
Do not forsake me, oh my darlin' You made that promise as a bride
Do not forsake me, oh my darlin' Although you're grievin'
Don't think of leavin' Now that I need you by my side
Wait alone, Wait alone, Wait alone, Wait alone

この歌詞からも分かるとおり、ストーリは非常に単純である。ただ、この映画が評判を呼んだのはそのリアリズムにあったと思われる。西部劇が追求するのはヒロイズムであると思うが、この映画の場合は、そのヒロイズムが少し捻くれているというか、ゲーリー・クーパー扮する保安官の葛藤や恐れなどの心理が巧みにリアリステックに描かれ当時としては新機軸を打ち出したものだった。
ジョン・ウェインはよほどこの映画が気に食わなかったらしく、こんな映画は男の見るものじゃない、俺がほんとうの西部劇というものを作って見せてやると言って製作したのが「アラモ」だった。アラモに比べれば、ハイヌーンはそのスケールの点でやや見劣りはするが、そのシーンの美しさや芸術性においてはアラモよりもわたしは優れていると考えている。

もう一つの鐘の鳴るシーンは、同じくゲーリー・クーパーイングリッド・バーグマン主演の「誰が為に鐘は鳴る」である。これは、映画のラストで鐘が鳴る・・・のではなくて、有名なイギリスの詩人、ジョン・ダンの詩の一文が出てくるのであった。
この詩をヘミングウェイが小説に使ったわけがわたしにはよく分かるような気がするから、
是非紹介しておきたいのである。

for whom the bell tolls
                 John Donne

No man is an island,
entire of itself
every man is a piece of the continent,
a part of the main
if a clod be washed away by the sea,
Europe is the less,
as well as if a promontory were,
as well as if a manor of thy friend's
or of thine own were.
Any man's death diminishes me,
because I am involved in mankind
and therefore never send to know
for whom the bell tolls
it tolls for thee'

たがために鐘は鳴る

誰も孤島ではなく、
誰もひとりがすべてではなく。
ひとはみな大陸の土。
大地のひとかけら。
その一握りを波が洗えば、
洗われただけ大陸の大地は失われ、
さながら岬が失われ、
君の友や、君の土地が失われる。
ひとの死とてこれと同じ、
自らも欠けゆく。
なぜなら、私もまたひとの一部。
ゆえに君よ問うなかれ、
たがために鐘は鳴るやと。
そは君が為に鳴るなれば。

John Donne 1572-1631
イギリスの詩人・聖職者。偉大な形而上詩人であり、恋愛詩の第一人者と目されている