奔訳 白牙44

2017/05/07 14:36

インティアンたちもまたその音を聞いた。狼の仔はその音が何かを知っており、最後に泣き声というよりも勝利の雄叫びのような、長い鳴き声を一つあげると、それきり泣き止んでじっと母親の、凶暴で決してなにものにも屈することのない、闘えば何であろうと殺して、恐れを知らない母が自分の元にやって来るのを待っていた。彼女は走りながら唸り声をあげていた。彼女はわが仔の泣き声を聞き、急いで駆けつけたのであった。

彼女はインディアンたちの真っ只中に飛び込んだが、その母性の、わが仔に対する思いの織り成す光景は美しいものであった。一方、仔狼にとっては、母の自分を守るための怒りは嬉しいものであった。仔狼は嬉しくて小さな鳴き声をあげると母の元に近寄ろうとし、逆に人間たちは慌てて何歩か後退りした。雌狼は仔を庇って立ったまま毛を逆立てて人間たちと対峙し喉から深くて低い雷鳴のような唸り声をあげた。彼女の顔は敵意にゆがみ、鼻の皺は目の縁まで寄っていたが、何よりも恐ろしいのはその唸り声であった。

しかし、そのとき一人のインディアンから叫び声が上がった。
「キッチェ」というのがその声であった。それは、驚きのあまり発せられたものであった。仔狼は、その声を聞いた母親がたじろぐのを見た。
「キッチェ」男が再び叫んだが、今度はより鋭く確信に満ちたものであった。

そして灰色の仔は、彼の母が、雌狼が、あの恐れを知らぬものが、腹を地面にくっつけて伏せ、尾を振りながら甘えるように鳴き屈服するのを見た。灰色の仔にはまったく理解ができなかった。彼は退け反らんばかりに驚いた。人間に対する畏敬の念が再び彼を襲った。彼の本能は本物だったのだ。彼の母親がその証左であった。彼女もまた、この人間たちには屈服せざるを得ないのである。

彼女を呼んだ男が彼女のそばまで近寄ってきた。その男は手を彼女の頭に載せたが、彼女はただ姿勢をより低くしただけであった。彼女は噛みつきもしなければ噛み付こうともしなかった。他の男たちも近くまで寄ってきて、彼女を取り囲こみ、撫でたり触ったりしたが、彼女は怒る様子さえ見せなかった。彼らは皆興奮し、口々に何かを発し始めた。彼らの発する音が危険なものではないことを灰色の仔は母親のそばでしゃがみ込んだまま感じ取っていたが、時に全身の毛が逆立とうとするのを堪えるので必死であった。

「考えてみれば合点がいく」とインディアンの一人が言った。「彼女の父親は狼だ。これは事実だ。母親は犬だった。たしか俺の兄は、盛りの時期にその雌犬を森の中に三日三晩繋ぎっぱなしにしたのではなかったか? いずれにせよ、キッチェの父親は狼だ。

「彼女が逃げてからもう一年も経つぜ、グレイビーバー」と他のインディアンが言った。

「いや、ちっとも不思議じゃねぇよ、サーモンタン」とグレイビーバーが答えた。「あれは犬にやる食い物もねぇほどの飢餓のときだった」

「そして彼女は狼どもと一緒になったというわけだ」ともう一人のインディアンが言った。

「どうやらそんなことのようだなスリーイーグル」と、グレイビーバーが灰色の仔の頭に手をやりながら言った。「こいつがその証というわけだ」

灰色の仔は、手が触れると少し唸り声をあげたが、手が翻って殴ろうという気配を見せたのですぐに牙を隠し服従の素振りを見せたが、その手は彼を殴る代わりに彼の耳の後ろを撫で、続いて彼の背中を前、後ろと撫で始めた。

「こいつがその証拠だ」と、グレイビーバーは続けた。「こいつの母親がキッチェということは明らかだ。しかしこいつの父親は狼だ。ということは、こいつの血は犬が少しで狼がほとんどということだ。こいつは今白い牙を剥きやがったから、白い牙という名がいいだろう。今言ったように、こいつは俺の犬にする。キッチェは俺の兄の犬だったわけだろ? それにその兄弟は死んでいねぇわけだからな」

こうして灰色の仔は、この世で初めて自分の名がつけられるのを横になったままみつめていた。それからしばらくの間、人間たちは何かを喋りあっていた。そして、グレイビーバーが首から下げていた鞘からナイフを抜き出すと、藪の中に入って行き、棒を一本切り取ってきた。白い牙はそれをじっと観察していた。グレイビーバーは、棒の両端に切れ目を入れると、その切れ目に革の紐を結びつけた。紐の片方をキッチェの首に結び付けると、彼は小さな松の木のところまで彼女を連れて行き、もう片方の紐をその松に結びつけた。
白い牙はその後を着いて行き彼女のそばにしゃがみ込んだ。サーモンタンの手が彼の方に伸び、彼を後ろに転がした。キッチェは気遣わしげにその様子を見ている。白い牙は恐怖で一杯になるのを感じた。彼は唸り声を抑えきれなかったが、噛みつくこともできない。すると、その手は折れ曲がって広がり、彼の腹をじゃれあうように撫で回し、彼を右に転がしたり左に転がしたりし始めた。