奔訳 白牙35

2017/04/02 16:32

ビギナーズラックであった。狩る者として生まれ(もっとも彼はそのことを知らなかった)、初めて巣であった洞窟を出て、すぐのところで肉と出くわしたのである。まさにそれは偶然の出来事であり、そのようなところにライチョウの巣が巧妙に隠されているなどとは思いもよらなかった。

しかし彼は、まさにそこに落ちたのである。彼は朽ちて倒れた松の木の上を歩いていた。腐った表皮が足元で崩れ、悲鳴と共に彼は半円状になった幹の上辺から木の葉や小さな藪の枝が絡まるその真ん中の地面、ライチョウの雛が七匹いる中に突っ込み落ちていった。

雛たちが一斉に騒ぎ出したので、最初 彼は怯んだ。しかし、見るとみなとても小さいのですぐに彼は大胆になった。
彼らはあちこち動き回った。彼はそのうちの一羽に前足でちょっかいを出してみたが、その瞬間から動きが速まった。これは彼にとても面白く思われた。 彼は臭いを嗅いだ。次に口に咥えてみた。もがき回って彼の舌をくすぐる。それが彼に空腹を思い出させた。顎が自然に閉じる。脆い骨の砕ける音とともに暖かな血が口辺に広がった。何とも云えぬ美味。これは、彼の母親がいつも与えてくれる肉と同じものであったが、自分の歯で切り刻まれるまでは生きていて、その分余計にうまかった。彼は雛を食べ続けた。最後の一匹を食い尽くすまで止めなかった。そして、丁度彼の母親と同じように舌なめずりをしているとき、藪の外から何かが忍び寄ってきた。

それは羽毛のつむじ風であった。突撃と激しい怒りによる翼の攻撃に圧倒され目が眩んだ。彼は両前足で頭を覆い泣き声を上げた。打撃は激しさを増した。ライチョウの母親は憤怒している。彼もだんだん腹が立ってきた。彼は立ち上がると唸り声を上げ、両方の前足を使って打ち出した。その小さな牙を片方の翼に沈め、そして強く引き、押さえつけた。ライチョウはもがきながらも彼に対抗し、もう一方の自由な翼で彼を打ちつけた。

これは彼にとっての初めての戦いであった。彼は夢中だった。未知についての恐れは消えてしまっていた。もはや恐れるものなど何もなかった。彼は、自分を打とうとする生きものを切り裂いてやろうと戦った。しかも、この生きものは肉でもあった。殺すことに対する熱情が彼を捉えていた。すでに小さな生きものは破壊した。今彼は、大きな生きものを破壊しようとしていた。彼は余りに忙しく、幸福の中にいながら、幸福を感じる暇がなかった。彼は全く新しい、これまで一度も味わったことのないほど大きなスリルと絶頂感の中にいたのである。

彼はしっかりと翼を口に咥えたまま、歯の間から唸り声を上げた。ライチョウは彼を藪の中から外へ引きずり出した。彼女が向きを変え、再び藪の中の巣に彼を引き摺りこもうとしたとき、彼は反対に彼女を藪の外の開けたところに戻そうとした。彼女は叫び声を上げながら自由な側の翼でずっと彼を打ち続け、そのために羽毛が雪のように辺りに舞い落ちた。

彼の発する唸り声は凄まじかった。受け継がれてきた闘士の血が激流となって彼の中を流れていた。これこそが生であった、が、無論彼はそのようなことは知らなかった。彼は生まれたことの意味を実感していた。それは、今まさに彼がやっていること、すなわち殺し、その肉を喰うということであった。彼は自分の存在を正当化しようと、つまりいずれがより優れた存在であるかを決しようとしていたのである。生命とは、己に備わった力を最もよく発揮したとき、その頂点に達することができるものだからである。