世界は危険に満ちている

2011/05/09 15:21
世界は危険に満ちている

犬や猫などのペットを見ていて思うのだが、彼らはペットとはいえ、非常に用心深く臆病である。小学生のころ、生後数ヶ月くらいの仔犬が何か変なものを食べて苦しみだした。触ろうとしても、うなり声を上げて触らせてくれない。結局、正露丸を何とかして飲ませたら、快癒と言っても良いほど早く元気になった。
しかしわたしは、この犬が介抱してやろうというわたしの手を拒んだことに少し驚いた。だから、このことをよく憶えている。

文明を持たない野性の動物にとって、自らの生存を勝ち得るためには、素早く危険を察知する能力が極めて重要である。
たとえば狼などは、群れで獲物を何キロも追跡し、終にはしとめる。しかし、いつも狩が巧くいくとは限らない。時には、死肉を喰わねばならないときもある。そんなとき、その肉が食べても大丈夫かどうかの判断は、飢えという緊急事態をもう一方の天秤に載せた上で素早く行わなければならない。この判断を誤ると、酷い食中毒に悩まされるか、あるいは飢え死にする恐れがある。しかしその一方では、彼らはちょっとやそっとの病原菌には負けない強力な胃液や免疫の力をつけてきたに違いない。

ところが人間はと言えば、わけても日本人は、戦後その持ち前のきれい好きという性質もあって、非常に衛生的な環境を築き上げてきた。その結果、タイを旅行して氷の入ったカクテルを飲んだだけで酷い下痢に罹ってしまうというほどに(わたしのことである)、ひ弱な民族が出来上がってしまったのである。

余談ながら、免疫力(グルタミンだかグルコサミンといったものを調べるのだと思う。いやグロブリンだったか)というものを測ってみると、嘘かほんとか、いわゆるホームレスを長くやっている人というのがとても強く、その次が看護師や医師であるという。つまり、病原菌に晒される機会の多い人たちの免疫力は強い、ということを示唆する結果となったというのである。

これは、とても皮肉なことではないか。なぜなら、余りに衛生的な環境に暮らしていると、体内の免疫力という防衛軍が怠けてしまって、いざというときには役に立たないということだからである。今、防衛軍と言ったが、これは今の日本の防衛を考えてみてもよく分かる。余りに虚ろな平和にどっぷりと浸っていた結果、終に日本人は、防衛力そのものが必要ないと思うほどに劣化してしまったのである。
治にいて乱を忘れずということが如何に難しいか、それは免疫力という身体の防衛システム一つ取り上げて見ただけでも歴然としている。

そして、さらに考えてみると、生き物というものは、常にその生存を脅かされているのが本態であるということである。黴の生えた言葉を使うなら、生き物は弱肉強食の世界に住んでいる、ということである。
先の狼の喩えで言うなら、喰って地獄を見るか、喰わずに地獄を見るか、という世界を生き抜いていかねばならないのである。
狼というのは、人間の知能にして3,4歳程度だそうである。そんな幼児が、この過酷な世界を敢然と生きているのに対し、何とわれわれ人間のひ弱なことか。これほど危険に満ち満ちた世の中を、これほどのほほんと生きていられる生き物は珍しい。
原発にしても食中毒にしても、要は、人間という生き物からは、危険を嗅ぎ取る能力が全く失われてしまったということなのである。