奔訳 白牙6

2016/04/11 12:18


犬たちの間の騒ぎは二人の注意を呼び寄せた。片耳が切なさそうな泣き声を上げながら、闇に向かって何としてでも出て行こうとするのだが棒の長さだけしか動けず、苛立ってときどき棒に歯を当てては食いちぎろうと狂ったようになっている。
「あれを見てみろ、ビル」とヘンリーが囁いた。
焚火を通して、しなやかに滑るように横移動する犬のような獣の姿が見えた。その動きは、期待と恐れの入り混じったもので、人をよく観察する一方でその関心は犬に集中している。片耳は、棒に邪魔されながらもその侵入者に近づこうとして泣き声を上げているのだった。
「あの片耳のばか、雌犬のスカートには目がねぇらしい」とビルは、低い声で言った。
「あいつは雌の狼だ」とヘンリーが囁き返す。「それでファッティとフロッグの件も合点がいく。あの雌は群れが仕掛けたデコイなんだよ。あいつは、犬を誘き出す役で、それを待ち構えていた狼どもが一斉に跳びかかってご馳走に与るというわけだ」

焚火が弾けた。薪が大きな音を立てて二つに割れた。その瞬間に姿のはっきり見えぬ獣は闇の後ろへと跳びずさった。
「ヘンリー、俺は考えていたんだがな」とビルが告げる。
「考えていたって、いってぇ何をだ?」
「俺は、棒で一発喰らわしてやったあいつのことを考えていたんだ」
「どう考げぇたって、やつがデコイだという以外に余地はあるめぇ」がヘンリーの応えであった。
「それはそうだが、俺にはもう一つ思い当たることがあるんだ」とビルが続ける。「あいつの焚火に対する慣れは尋常なんてもんじゃぁねぇ」
「ああ、あいつがただの狼じゃぁねぇってことは確かだ。ただの狼が犬たちに餌をやる時間を知っているはずがねぇからな」
「オル・ビランて奴の犬が一度狼どもと一緒に逃げて行ってしまったことがあるんだがよぉ」とビルは考え深げに大きな声で言った。「俺はそれを早く思い出すべきだったぜ。俺はリトルステックのヘラジカがいる草原でそいつが狼の群れと一緒にいるところを銃で撃っちまったんだ。オルの奴は赤ん坊のように泣きやがってよぉ。もうかれこれ三年も見かけなかった、と奴は言うのさ。その間、そのベンという犬は狼どもとずっと一緒だったというわけだ」
「お前さんの言いてぇことはよく分かるぜ、ビル。あの狼は確かに犬だ。しかも、何度も人の手から魚を貰って食ったことのある犬だ」
「いずれにせよ、俺はもう我慢がならねぇ。あの狼が、犬であろうとなんであろうとただの肉にしてやる。俺たちゃ、もうこれ以上犬を失うわけにはいかねぇ」
「しかし、お前さんには弾が三つしかねぇんだろ」とヘンリーが反論する。
「だから俺は、やつに確実に一発喰らわすまでじっと待つさ」がその答えであった。

翌朝になって、新しく薪を継ぎ足すと、ヘンリーは連れの大鼾を友に朝飯を作り始めた。
「あんまり気持ちよさそうに寝ているんで」と、ヘンリーがビルを朝飯を食わすために毛布から引きずり出しながら言った。「俺もほんとは起こしたくはねぇんだがな」
ビルは眠そうな顔で朝飯を食い始めた。彼はコーヒーカップが空であることに気がついて、ポットの方に手を伸ばそうとした。しかしポットはヘンリーの脇にあって手が届かない。
「なぁヘンリー」と彼はヘンリーを少し窘めるような口調で言った。「お前さん、何か忘れちゃぁいねぇか?」
ヘンリーは極めて注意深い様子で頭を振ってみせる。ビルは空のカップを差し上げた。
「お前さんの飲むコーヒーはねぇぜ」ヘンリーが宣った。
「切らしてしまったわけじゃあるめぇ」ビルが心細げに尋ねる。
「いんや」
「おめぇさんは、あれがなきゃ、俺が食いもんの消化ができねぇことを知らねぇってのか?」
「いんや」
怒りの為に突然ビルの顔が真っ赤になった。
「そんじゃぁ、いってぇぜんてぇ、なんでなのか、おめぇさんの口から聞きてぇもんだな」と彼が言った。
スパンカーの奴がいなくなっちめぇやがった」ヘンリーが答えた。