奔訳 白牙23

2017/02/09 20:20

連れは不安そうな目を彼に向けた。そうして、しばらくの間、彼女は低く唸り続けていたが、片目が一線を越えてしまったため、それまでのただの唸りだったものが一挙に牙をむき出しにした鋭い吠え声となって喉を突いて出た。それは、彼女自身の経験によるものではなく、彼女の本能、すなわち彼女が祖先の母親たちから受け継いできた記憶が、父親の狼が生まれたばかりの無力な我が仔を喰ってしまったという記憶がそうさせているのであった。それは、彼女の中に根強く恐怖として宿っていたものであり、そのために彼女は、片目がそれ以上近づいて我が仔の臭いを嗅ごうとするのを防いだのである。

しかし、恐れる必要はどこにもなかった。老狼の片目もまたある衝動に突き動かされていたが、それも翻せば、彼の祖先たる父親たちから来た自然な本能だったのである。そこには疑うべきことも首を傾げるべきこともなかった。目の前には己の血を分けた子供たちがいるのである。彼は踵を返すと、この世の最も自然な従うべきルールに従い、自身の生きるよすがである新しい家族のために肉を求める旅へと出立した。

巣から五,六マイル離れた所で流れは二つに分かれ、山を出て直角に分かれた。ここで左へと進んだ彼は新しい足跡に出会った。臭いを嗅いでみると、それはまだ新しいもので、彼は直ぐに姿勢を低くして前方に注意を傾けた。それから彼は用心深く右の方に向かうことにした。その足跡は彼自身のものより一回り大きく、その後を追っていったところで何ら成果が得られないことを彼はよく知っていたのである。

半マイルほど右の分かれ道を進んで行くと、彼の敏感な耳は何かが木を齧っている音を捉えた。密やかにその方に忍び寄っていくと、彼はハリネズミが木を抱えるように立ったまま樹皮に歯を立てているのを見つけた。片目は慎重に、しかしあまり期待することもなく忍び寄った。彼はこの種のものをよく知っていたが、これほど北で見るのは初めてのことであった。また、彼の長い経験からしても、ハリネズミのご馳走に与ることは一度もなかった。しかし彼は、決してチャンスが、好機が訪れないとは限らないこともその経験からよく知っていたので、ごく近くまで歩み寄った。生きとし生ける物の上には、何が起こるかまったく分かったものではないのだ。