奔訳 白牙31

2017/03/11 23:07

第四章

世界の壁

母親が狩のために巣を離れるようになったが、その頃には、仔は出口へ近づくことが禁じられている訳をよく理解するようになっていた。これまで何度となく母親の鼻先や前足で制されていたからというだけではなく、彼の中に恐怖の感情が芽生えはじめていたからである。これまで、短いながらも洞窟での生活で彼が実際に怖い目にあったことはなかった。しかし、恐怖の感情は疑うべくもなく彼の中に存在していた。それは、これまで何千という数の彼の祖先たちを通して伝わってきたものだった。それは、片目と雌狼から直接的には伝えられたものであったが、その彼らにしても遠い遠い狼の祖先たちから受け継いできたのである。恐怖! それは野生の遺産であり、どのような生き物であれ、それを甘美なポタージュに変えることはできないのだ。

よって、灰色の仔も恐怖を知っていたが、それが何によるものかは知らなかった。おそらく彼は、それを人生における一つの制限として受け入れたのかも知れない。なぜなら、彼はそのような制限があることを既に学んでいたからである。飢餓を経験し、その飢えをどうすることもできないとき、彼は制限を感じた。洞窟の硬い壁、母親の鼻による鋭い押し戻しや前足での強い打撃、何度かの飢饉による満たされない空腹が、この世界が思うようにならないものであるということを教え、それが人生における規制であり制限であるということを学ばせたのである。規制や制限というのは法であった。これに従うことによってこそ痛みを避け幸福を得ることができるのである。

彼は、人間のようにはこのことについて疑問を持たなかった。ただ彼は、痛みを伴うものと伴わないものとに物事を分類するだけだったのである。そして、それが痛みを伴うものであれば規制と制限により避け、人生の報酬としての幸福という果実を楽しむことを選び取った。