鎮男32

2012/06/03 22:27


この辺は、良也の親父のいわゆる島で、女は組の支配下にあった。したがって、女も良也がどういう人間かをよく知っていた。

「おぇ」良也が運転席のサルに声をかけた。「あの売女、拾うたれや。まぁのあほをあの女に掛け合わせたるんや。あのあほ、どんな顔しておめこするか、見ちゃろうぜ」

サルとコンドーが手を打って卑猥な笑い声を上げた。良也の右に小さくなって席を占めていたジローも引きつった追従笑いを浮かべた。

「おぇ、女」サルが女の前で車を停めた。女は、間違いなく先ほどからこちらの様子をうかがっていたが、声を掛けられるとはじめて気がついたかのように顔を上げて見せた。
「何ぼや」サルが訊いた。女が人差し指を一本立てた。
「3本出しちゃる」良也が後部座席から声をかけた。「前に乗れや。知っとるやろうな。乗車拒否は違法やで。それに、おめぇみてぇなばばぁに3万は破格やろ」
「うちは、客は一日二人までと決めとるんや。あんたら、若い人を4人も相手にしたら死んでしまうがな」
「あほ。誰がおめぇみてぇな梅毒持ちのばばぁを相手にするか。こっちが死んでしまうわ」サルが怒ったように言った。

「そんなら、何のために3万も払うてくれるん?」女が総入れ歯の口を尖らせた。
「それは、後のお楽しみや。そやけど、一つだけ教えといちゃるわ。相手は純真無垢なチェリーボーイや」良也がにこりともせずに言った。
「なにぃ?」女が語尾を跳ね上げ、不審そうな顔をしてみせた。「そのチェリーボーイ言うんわ」
「あほう。童貞や。ついでに教えちゃろか。おめぇみてぇな梅毒持ちの売女は、プラムガール言うんや」
誰も笑わなかった。意味がさっぱり分からなかったからだ。

「ふんっ」良也が鼻を鳴らして軽蔑を露にした。「おめぇらは、みんな話の相手にもならんあほばっかりや」

まぁちゃんは、道路工事現場にはいなかった。しかし、工事は夜間も引き続き行われていて、祭りのように賑やかだった。風がだんだんと強くなってきており、雨もぽつぽつ降り始めていたが、コールタールの臭いは相変わらず辺りに漂っていた。照明車が現場を照らし、小型重機のディーゼルエンジンの音と無限軌道のカタカタという音が太鼓の音のようでもあり、道路の片側一車線を区画する赤いライトの点滅が祭りを彩る提灯のようにも見えた。
反射テープ付きの合羽を着た交通整理の男が赤いライトを仕込んだ棒を横にして彼らに近づいてきた。

「ご苦労さんです」良也がオープンにしたままのキャディの後部座席から声をかけた。
「こんばんは」赤いライトを持った男は、ちょっと頭を下げた。
「まぁのあほは、もう帰ったんけぇ」サルが傍若無人に訊いた。
「ああ。まぁなら5時で上がりました。今頃はもうおねんねと違いまっか」
「まだ8時にもなっとらへんで」サルが車に付いた時計を確認するように見た。「あのあほは、いつもそねぇに早よう寝よるんか」
「へぇー。監督の話では早寝早起きだけが奴の取り得らしいですわ。そやけど、あのあほに何か用事ですか」
「おめぇは、余計なことは聞かんでもええ」サルが冷たい目で男を睨んだ。
「へぇ」年配の男はたじろいだように一歩後に下った。

女が板戸を少し開けた。音に敏感な鶴いっつぁんとすぐに目が合った。鶴いっつぁんは、この時刻になっても、いつもどおりラジオを付けて内職に勤しんでいた。まぁちゃんは、奥の部屋でほんとに鼾をかいて寝ていた。

「あのう。平さんのお宅でしょうか」女が訊ねる。
「へぇー、そうですけど、今時分に何の御用ですやろ」鶴いっつぁんは、両手に部品を持ったまま固まったようにして言った。
「いえ。あの、まぁちゃん、いえ守さんは帰っておられますか」
「へぇ、まぁのあほなら、もう布団の上で鼾をかいとりますけど、あれがまた何か悪いことでも、しでかしましたんやろうか」鶴いっつぁんは、ようやく部品をちゃぶ台の上に置くと心配そうに女の顔をうかがった。
「いいえ、そうやないんですけど、ちょっと入らしてもろうてもよろしいですか」
「へぇ。そやけど、こんな汚いところに来てもろうても……」
鶴いっつぁんが言い終える間もなく、女は香水の匂いを振りまきながらずかずかと土間に入ってきた。そしていきなり、ハンドバッグから芥子スプレーを取り出すや、鳩が豆鉄砲を食らったような鶴いっつぁんの顔めがけて噴射させた。とたんに鶴いっつぁんは呼吸困難に陥いり、胸を押さえて苦しみだした。

その隙に戸口で待ち構えていた3人のチンピラどもがものすごい勢いで座敷になだれ込んできた。サルが用意していたガムテープを素早く切ってまぁちゃんの口に貼り付けた。そして、両手と両足を予め二重の輪っかにしておいたロープを使って、あっという間に拘束してしまった。

鶴いっつぁんは、息も絶え絶えで、胸を掻き毟りながら畳の上を右に左に転がっていた。それを尻目にチンピラども3人が小柄なまぁちゃんを小脇に抱えるようにして通り過ぎた。

「顔を見られへんかったやろうな」
車のトランクにまぁちゃんを放り込んで、運転席に乗り込もうとするサルに良也が後ろから声をかけた。
「あのじじい、畳の上でのた打ち回ってましたから、そんな余裕は全然ありません。安心してください」
良也は満足したように頷いたが、ふと思いついたように窓の外に顔を出した。女は、すぐにでも逃げ出しそうな気配を見せていた。
「こらっ、女。はよ車に乗らんかぇ」どすの効いた声で命じる。
女が諦めたように前の席に乗り込み、それを押し込むようにコンドーが乗った。と同時にサルがキャディを急発進させた。濡れた路面を後輪が激しくスリップしキャディは蛇行しながら突き進んだ。

彼らは、川沿いの廃店になったガソリンスタンドに車を停めた。3級国道と2級河川に挟まれた狭く長細い畑と桑畑の続く土地の一端にスタンドはあった。近くに人家はなく、この時刻には車もほとんど通らなかった。

良也が合鍵を使ってガラス戸を開け、サルとコンドーが暴れるまぁちゃんをどやしながら中に連れ込んだ。良也が配電盤のブレーカーを入れ照明を点けた。しかし、灯りが外に漏れるのはまずかった。すぐにまぁちゃんと女を6畳の休憩室に入れると、事務所の明かりは消した。

このスタンドは良也の親父の持ち物だったが、スタンドと続きの桑畑をすでに買い上げ、そこに川を見下ろす2階建て20室ほどのモーテルを建てるため一月ほど前から営業を止めていた。久良の計画では、スタンドの地下タンクはそのまま残し、強固な建物は給湯と暖房用のボイラ室に改造する予定だった。

川の反対側に小学校があることから、近隣の住人がモーテル建設には猛反対していたが、そんな羊どもの不満の声など狼の一吼えで雲散霧消してしまうだろう。久良の力をもってすれば、住人の反対を押し潰すことなど赤子の手を捻るに等しかった。

サルが再びキャディに戻った。良也に命ぜられて、いったん自宅にまで車を持ち帰えり、再びバイクで引き返してくるつもりだった。

六畳の休憩室では、良也とコンドーが腹を抱えて笑っていた。まぁちゃんは、中年女の上になり夢中で腰を振っていた。
「こら、まぁ。もっと腰を振らんかぇ。そうや、もっと強う突いたれ」コンドーがまぁちゃんを囃し立てる。
「こら、女。おめぇももうちょっと、感じとるような声を出しちゃらんかぇ」良也が女の乳首を靴下を履いた足の先でこねくり回しながら言った。

そうして30分ほどが過ぎた。結局、まぁちゃんの股間にあった大切なものは、その短い生涯で梅毒もちの立ちんぼ相手にたった3回使われたきりになった。

まぁちゃんのペニスと睾丸は、細い紐できつく止血処置された後、コンドーの手によってあっという間に切り取られた。良也がコンドーに顎で指図をした。コンドーがサージカルグローブをはめた左手に血の滴るまぁちゃんの男性器一式を持って女の方に近づいた。

「や、止めてよ」女がソファから起き上がって逃げ出そうとした。「あんたら、こんなことしてただで済む思うてんの」
女のヒステリックな叫びが良也の神経を逆撫でした。
「おぇ、女。誰に向かってえらそうな口きいとんや。おめぇこそただで済む思うなよ」

女が再び口笛のような、海女が吐き出す息のような悲鳴を上げた。

そのとき、表の方で甲高い2サイクルのエンジン音がしたかと思うとすぐに切れた。それから時をおかず、雨水の滴る合羽を着たサルが中に入ってきた。

「土砂降りになってきよりましたぜ」サルが良也に告げた。
「おめぇ、単車はどこに止めた」良也が睨んだ。
「へぇ。ちゃんと分からんように裏に回しておきました」
「よし。そんなら、おめぇはもう一回家へ帰って車を持ってくるんや」
「へぇ」そう応えながらも、サルはコンドーが手にしているものからしばらく目が離せないようだった。
「あほ。はよせんかぇ」良也が怒鳴りつけた。
「は、はい。すんません」サルは慌ててまた外に飛び出した。

それからさらに30分が過ぎた。眼下の川は、不気味な音をたてて流れていた。コンドーが畳敷きの休憩室の窓を開けて顔を出し、闇に潜む長大な竜の姿でも探すように見ている。強い風に煽られて窓から雨が吹き込んできた。

「あほう。いい加減に窓を閉めんかぇ」良也の叱声が響いた。

コンドーが慌てて窓を閉めた。

女は、素っ裸のまま気を失って畳の上に転がっていた。まぁちゃんの一物を無理やり口に詰め込まれ、その上からガムテープを貼られていた。顔は、コーラの壜で激しく殴られ原型をとどめぬほどに腫れ上がり赤紫色に変色している。手首と足首はロープで縛られ、畳の上には大きな失禁と血の跡が残っていた。

「これだけの大台風や。明日の朝には海まで流れてしもうとるで」良也が言った。