Jack Daws8

2013/02/04 13:20


最後の瞬間、彼らは教会の端の方から視野に入ってきた。古びた帽子を被り擦り切れた靴を履いた寄せ集めの軍団が、泥を跳ね上げ、それぞれの武器を小脇に抱え――オートマチックピストルやリボルバー、ライフル銃、それに機関銃が一機――駐車場を横切り城の入口へと突っ走っていくのを見たとき、フリックの心臓は誇りと恐怖で激しく飛び跳ねた。

彼らは、撃ち合いになる前に出来るだけ城に近づこうと、まだ撃ち始めてはいなかった。

マイケルも一緒に彼らを見ていた。彼は唸りともため息ともつかぬ声を上げたが、フリックには彼も自分と同じように、メンバーの勇気に対する誇らしさと彼らが撃たれるのではないかという恐怖の入り混じった気持ちでいるのだと感じた。今こそ、衛兵の気を逸らせる時、とマイケルは彼のライフル、リー・エンフィールドNo4、マーク1、その多くがカナダ製であることから、レジスタンスが言うところのカナディアンライフルを手に取った。彼はレバーを引き、熟練した動きでボルトアクションを上げて、連発で撃てるようにした。
そのライフルの響きが、爆発の衝撃の後に残った一時の広場の静寂を破った。門のところで衛兵の一人が叫び声を上げて倒れ、フリックは満足感という残酷な一瞬に浸った。そこには彼女の仲間に発砲する者は一人もいなかったのだ。マイケルの発砲は全ての者に対する銃撃戦の合図となった。教会の玄関では若いバートランドがクラッカーのような音を立てて2発撃った。しかし、衛兵を狙うにはピストルでは遠すぎ、2発とも外した。彼の側ではアルバートが手榴弾のリングを引き、高く鉄柵を越えて投げると、それは中に落ちてブドウ畑で爆発し、空しく草木を空中に散乱させた。フリックは怒りが込み上げ叫び声を上げそうになった。「位置を知らせるだけの無駄撃ちは止めなさい」しかし、最高の熟練した兵隊でもなければ、一度銃撃を始めると止められるものではない。駐車中のスポーツカーの背後からジェネビェーブが現れ、ステンガンがけたたましい耳を劈く音を発してフリックの耳を聾した。彼女の銃撃はいくらか効果的で衛兵のもう一人が倒れた。
ついにドイツ兵が反撃を始めた。衛兵たちはそれぞれ石柱の陰に身を潜め、あるいは床に身を伏せてライフルを構えた。ゲシュタポの少佐がホルスターからピストルを不器用に引き抜いた。例の赤毛の女は踵を返すと走って逃げようとしたが、セクシーなハイヒールが玉石の舗装の上で滑って転んでしまった。愛人が彼女を守ろうとして覆いかぶさった。そのときフリックは、もしや彼が軍人ではないかしらと思っていたことにようやく断定を下すことが出来た。走って逃げるより身を伏せていた方が安全であることなど一般市民が知っているはずがないのだ。
衛兵が反撃に出た。ほとんど間髪を入れずアルバートが撃たれた。フリックは彼がよろめきながら喉を掴むのを見た。今まさに彼が投げようとしていた手榴弾がその手から落ちた。そして2発目の弾丸が今度は彼の額を撃ちぬいた。彼は石の像のように倒れた。フリックの脳裏には突然の悲痛と共に、今朝生まれたばかりの女の赤ちゃんが父親を知らない子になってしまったという想念がよぎった。アルバートのすぐ横、バートランドは亀の甲羅のような手榴弾が磨り減った正面玄関の石段を斜めに転がり落ちていくのを見ていた。彼は入口に向かって自身の体を放り投げるようにして爆発から避けた。フリックは彼が再び姿を現すのを待ったが、彼は現れず、彼女は、彼が死んでしまったのか、あるいは負傷したのか、それとも単に気を失っただけなのかと心配で気が気ではなかった。
駐車場では、教会からのチームが走るのを止め、残った6人の衛兵に向かった。そして、銃撃戦の中、内側のグラウンドからと外の広場からの両方に挟み撃ちにされて、数秒のうちに彼らは一掃され、残るは城の階段の2人だけとなった。マイケルの計画は図に当たった、とフリックは希望が湧き上がるのを感じた。
しかしながら、建物の中の敵は彼らの銃器の鳴り止むタイミングを計っていたのだ。そして、そのタイミングを逃さず猛然と入口と窓に突っ込み、銃撃を開始した。形勢が再び逆転した。こうなれば、全ては中にいる敵の人数次第だった。
しばらくの間、弾丸が雨あられのように降り注ぎ、フリックは数えるのを止めた。そして、彼女はうろたえながらも城の中には想像以上に敵兵がいることを悟った。銃火は、少なくとも12のドアと窓から放たれているように見えた。こうなっては、城の中からの男たちは建物の中に隠れ、駐車場からの援護を受けながら撤退するしかない。アントニエットが正しく、MI6が間違っていたのだ。多くの兵がここには駐留していた。12人がMI6の評価であり、レジスタンスは彼らを既に6人倒したが、少なくとも14人がまだ銃撃を行っている。
フリックは激情に駆られ毒づいた。こんな戦いで勝利するには圧倒的な数による奇襲以外にはなかった。もしも彼らが敵を即座に撃退しなければ、苦境に陥ることは目に見えていた。秒針の刻みと共に、正規兵の訓練と規律が仲間たちを地獄に誘い込むだろう。結局は、このような戦いでは長引けば長引くほど正規兵の方が常に優位になる。
城の上階では、17世紀の背の高い窓が叩き壊され、機関銃が火を噴き始めた。その高い位置からの射撃は駐車場のレジスタンスたちに恐ろしいほどの殺戮をもたらした。フリックは、次から次へと仲間たちが空の噴水のそばに血を流し倒れていくのを見て、吐き気を催したが、銃を撃っているのはまだほんの2,3人に過ぎないのだ。
全てが終わったと、フリックは絶望のうちに悟った。人数的にも劣勢で自分たちは敗けたのだ。苦い敗北の味が彼女の喉を上っていくのを感じた。
マイケルは据え付けた機関銃から打ち続けていた。「ここからではとても俺たちはあの機関銃を始末できん」と彼は言った。彼は広場の方を見渡し、すぐに彼の視点はいくつかのビルの頂上――教会の鐘楼や町役場の屋上に泳いだ。「もしも俺があの役場の町長室に入れれば、奴らを片付けることが出来るんだが」
「待って」と言いながら、フリックは口の中がからからなのを感じた。彼女は,たとえそれが自分の切なる望みであるとはいえ、マイケルが自らの命の危険を冒そうとするのを止めるわけにはいかなかった。いま、彼女にできることはその賭けを試してみることだけだった。彼女は出来る限りの大声で叫んだ。「ジェネビェーブ」
ジェネビェーブは振り返って彼女を見た。
「マイケルの援護射撃をして」
ジェネビェーブは力強くうなずくと、スポーツカーの陰から勢いよく飛び出し、城の窓ガラスめがけ弾丸を撒き散らした。
「恩にきるよ」マイケルはフリックにそう言うと、援護射撃の助けをかりて、町役場の建物めざし広場を勢いよく横切った。
ジェネビェーブは教会のポーチをめがけて撃ち続けている。彼女の射撃は城中の男たちを引き付け、マイケルが無傷のまま広場を突っ切るチャンスを与えた。しかし、そのとき、フリックの左方で何かが閃いた。彼女がその方向に目をくれると、例のゲシュタポの少佐が町役場の建物の壁にぴったりとくっ付き、マイケルを狙ってピストルを撃とうとしている。動いている目標を拳銃でヒットさせるのは至近距離からでも至難の業である――しかし、少佐はまぐれで当てるかもしれない、と考えフリックは恐ろしくなった。彼女の使命は観察と報告だけであり、いかなる状況下でも実戦に加わることは命じられていなかったが、今はしかし、そんな命令など糞食らえ、だった。彼女はショルダーバッグの中に私用の拳銃を忍ばせていた。ブローニングの9mm口径オートマチック。それはSOEの標準装備であるコルトとは違ってステン軽機関銃にも使用可能な13発の弾が装填できることから、彼女が好んで携えているものだった。彼女はその拳銃をバッグから取り出すと安全装置を外し、少佐目掛けて打ち放った。