Jack Daws 5

2013/02/01 13:05


 数分前、その男はフリックにシャトーをバックに彼とその連れの女の写真を撮ってくれないかと頼んで、彼女の肝を冷やさせた。彼は自信たっぷりの笑顔を浮かべ礼儀正しく話しかけてきたのだが、その言葉にはかすかなドイツのアクセントがあった。決定的な瞬間のとんだ邪魔は、無論、非常に腹立たしかったが、フリックは断るとかえってトラブルになると感じた。特に彼女のように何もすることがなくて路上のカフェをうろついているだけという風の住民を装っている者には・・・・・・。それで彼女はこのような状況下で普通にフランスの人間ならするであろう対応をした。それは、冷淡な表情を浮かべながら、このドイツ人の要求に応じるというものであった。
 しかしそれは、まるで茶番劇とでもいうべき、恐るべき瞬間であった。イギリスの秘密工作員がカメラを構えるその先でドイツ将校とその愛人とが彼女に向かって微笑を浮かべる中、教会の鐘の音が爆発まであと何秒だよと告げている。ドイツ将校は彼女に礼を述べ、一杯どうかと酒を勧めた。が、彼女は固辞した。フランスの女は娼婦と呼ばれる覚悟がなければドイツ人と酒など飲めるものではない。彼は納得したようにうなずいたので、彼女は夫のもとへ帰ることができた。
 その将校は明らかに非番で、武装しているようには見えなかったから、目下の危険というわけではなかったが、フリックにとって目障りであることには違いなかった。彼女はその後数秒間という静寂の中で終に、この将校は見た目とは何かが違っている、警戒すべきだったと気が付いた。
 しかし、フリックがそれが何だったのかと気が付いたときには鐘の音は鳴り止んでいた。
 マイケルは酒を飲み干すと、手の甲で口を拭った。
 フリックとマイケルは立ち上がった。ごく自然を装い、二人はカフェの入口めざしてゆっくりと歩いていって、戸口で立ち止まり目立たないように隠れた。

                 第2章

ディーターフランクは、車を運転して広場に入ってきたその時に、カフェのテーブル前のその女に気が付いていた。彼はいつでも美人には目がないのだ。この女はセックスアピールの小さな束のように彼をいたく惹きつけた。髪は淡いブロンドで目は薄いグリーン、そして恐らくドイツの血が混じっているのだろう――それはフランス北東部の国境近くのこの辺では珍しいことではない。彼女の小柄な細身の体はサック袋のような服で包まれていたが、それに彼女は安っぽい木綿の黄色いスカーフを加えるだけで、彼がフランス的魅力と考えるセンスの良さを出していた。彼は、彼女に話しかけたとき、フランスの人間ならごく普通にドイツ占領者に感ずる恐怖が彼女にも浮かぶのを見て取った。しかし、その後すぐに、彼は彼女の小さな美しい顔に隠そうにも隠しがたい反抗の表情が浮かぶのを見ると、腹立たしくも興味を引かれた。