Jack Daws11

2013/02/05 13:00


電話交換手たちはどうやら背後のグランドに逃げたようだったが、すでに銃撃は止んでおり、彼女らのうちの数人がヘッドセットを頭にマイクロフォンを胸に付けたまま、ガラス扉を前に、もう中に戻っても安全だろうかと思案している。ディーターはステファニーをスイッチ盤の前に座らせると、彼女に敵対の目を向けている中年の婦人に顎をしゃくって近寄らせた。「すまないが」と彼は言った。
「彼女にコニャックをやってくれないか。相当ショックを受けているようなんでね」
「コニャックなどありませんわ」
本当はコニャックを持っていたが、この女はドイツ人の愛人になど与えたくないのだ。ディーターは一歩譲ってやった。「それではコーヒーを、いますぐ用意してやってくれ。さもないとちょっと面倒なことになるかも知れん」
彼はステファニーの肩を軽く叩くと、彼女を残して出て行った。彼は東のウィングに続く両開きの扉を抜けた。城は一続きの客間で構成され、一つの間が次の一つへと続くベルサイユ様式になっていることに彼は気が付いた。そういった部屋の中はスイッチ盤がぎっしりで、しかもそれらは、以前からそこにあったかのように、小奇麗に作られた木枠の中に綺麗にケーブルが収められ地下室へと続いていた。ホールが混然としていたのは、西ウィングが爆破されたための非常措置としてサービスをそこに移したためだと推測された。窓のいくつかは恒久的に明かりが漏れないように処置してあり、それは爆撃に対する防御であることは疑う余地もなかったが、他の窓は厚手のカーテンが開けてあって、中で働く女たちが日の射さない職場に文句を謂うためと思われた。東ウィングの端は階段の吹き抜けだった。ディーターはその階段を降りた。一番下まで下りると、鉄製のドアを開けた。小さな机と椅子が中にあって、通常ここには警備兵が座っているのだろうと思われた。その警備兵は恐らく銃撃戦に加わるために持ち場を離れたに違いない。ディーターは中に堂々と入っていくと、持ち場放棄の事実を頭にメモした。
 ここは一階とはまったく違った環境であった。キッチンや、倉庫、それに300年も前にここで仕えた者たち10数人のための宿泊施設として作られており、天井は低く、壁は剥き出しで、床は石が貼られるか、もしくはいくつかの部屋のようにただ平らに土を叩いただけのものもあった。ディーターは広い廊下に沿って歩いた――どのドアにもはっきりとドイツ語できれいにラベルが貼ってあったが、彼はとにかくすべて中を覗き込んだ。彼の左側、建物の正面の位置に、主要な電話交換機システムの複合的な装置が配置されていた――発電機、巨大な蓄電池、部屋一杯に錯綜するケーブル。彼の右手、この建物の裏面に向かって、ゲシュタポの設備が置かれていた――写真現像室、レジスタンスの無線を盗聴するための大きな部屋、それにのぞき穴の付いた捕虜を収容する囚人室。地下室は爆弾に耐えるよう作られている――全ての窓はブロックにされ、壁は土嚢で積み固められ、更にその上にコンクリートが流し込まれている。明らかにこれは連合軍の爆撃から電話交換システムを守る為の措置だった。
 廊下の端には尋問室と名前の貼られた部屋があった。彼はその中に入った。最初の部屋は真っ白な壁に、眩い光、それに取調室にありがちなごく普通の什器――安物のテーブル、硬い椅子、それに灰皿。ディーターは次の部屋に入った。照明はやや暗めで、それに壁はレンガだった。そこには血に染まった柱があり、それには人をつるし上げる為のフックが付いていた――傘立てには木製の棍棒や鉄製のバールが何本も入っている――手足を拘束する為のストラップの付いた手術台――電気ショック装置――それに恐らく薬物や皮下注射器が入れられていると思しきキャビネット。そこはまさしく拷問室だった。彼は似たようなものを経験してきていたが、いつ見ても気持ちの良いものではなかった。彼は、情報部員がこんな場所に集められているのは、真っ当な若いドイツの兵隊たちを、戦死させずにその妻や子供たちの待つ家庭に帰らせてやるためなのだと自身に言い聞かせるよりなかった。いづれにしてもここは彼を不快にさせた。
 背後で物音がして、彼ははっと我に返った。彼は身を翻した。そのとき見た、戸口の正体不明の物に彼は思わず後ずさりした。「おおっ」と思わず声が出た。彼が見ていたのは、しゃがんだ姿勢の、その顔が向こうの部屋からの強い光で陰になった姿だった。「誰だ」と彼は声を出したが、彼はその声の中に自らの恐れを聞いた。
 その物影が光の中に入ってくると、ゲシュタポの軍曹のユニフォームシャツを着た男の姿に変わった。短躯でずんぐりしており、赤ら顔で、灰色がかった金髪を短く刈り込んでいる為、禿げているように見えた。「ここで何をしている」とその男はフランクフルト訛で言った。
 ディーターは落ち着きを取り戻した。この拷問室が彼を動転させていたのだが、彼はいつもの威厳ある口調で言った。「私はフランク少佐だ。お前の名は?」
 軍曹はすぐに態度を改めた。「ベッカーであります、少佐殿。何なりと」
 「ベッカー、可及的早急に捕虜をここまで連れてきてくれ」とディーターは命じた。「歩ける者はすぐに連れてくるんだ、その外の者は一度医者に見せてやれ」
 「承知いたしました、少佐」
 ベッカーは出て行った。ディーターは尋問室に戻り、硬い椅子に座った。彼は、一体どれほどの情報が捕虜たちから引き出せるだろうかと思案した。彼らの持っている情報は、彼らの属する町のものに限られているかも知れない。もしも運が悪ければ、そして彼らの機密保持能力が優れていれば、個人が知っていることはみんな自分の所属している組織の中で起きていることだけに限られてしまうだろう。しかし、完全な機密保持などできるものではない。ごくわずかの者は自分たちの、あるいは他の組織についての広く夥しい情報を持っているものなのだ。彼が思い描いているのは、一つの組織から他の一つへと鎖のように繋がって、彼の手で連合軍の侵攻に多大な被害を与えることが出来るかも知れないということだった。
 彼は廊下で足音がするのを聞いて、外を見た。捕虜たちが連れられて入ってくるところだった。最初はあのステンガンをコートの下に隠していた女だった。ディーターはしめたと思った。捕虜の中に女がいると使い道があるのだ。尋問中、女は男と同様なかなか口を割らないが、男の口を割らせるのには、その目の前で女をぶちのめせば良い。この女は背が高く、セクシーで、そのどちらもそれで都合が悪いということはない。見たところ、けがをしているようでもなかった。ディーターは手を上げて兵に連れてくるよう合図すると、フランス語で話しかけた。「名前は何と言うんだね」彼は親しみを込めて言った。