Jack Daws10

2013/02/04 13:23


2分間、何事もなく過ぎた後、失敗の大きさが彼女を襲った。ボーリンジャーサーキットの大方が一掃されてしまった。アルバートやその他のメンバーは殺された。ジェネビェーブ、バートランド、それに他の多くの生き残りはきっと拷問にかけられるだろう。それに全く成果も上げられなかった。電話交換所は無傷で、ドイツの通信は健在のままだ。フリックは無力感の中を漂っていた。何が間違っていたのか検証しようと努める。兵に固められた正面から攻撃しようとしたことが間違いだったのだろうか? いやそんなことはない――もしもMI6の誤った情報さえなければうまくいっていたはずだ。しかし、もっと秘密裏に内部に入る方法を講じるなど安全を期すべきだったと、彼女は今、考えざるを得なかった。そうすれば、レジスタンスに重要な機器を破壊するチャンスを与えられたはずだ。
ジルベルトは中庭の入口で車を停めた。「あんたは待ってて」フリックはそう言って、跳び下りた。
マイケルはアントニエットのソファに顔を下にして寝ていたが、ズボンをずり下ろされ、みっともない格好だった。アントニエットは血で染まったタオルを手に彼のそばにしゃがみこんで、眼鏡をずり下げ彼のお尻を見ていた。
「出血は止まりかけているけど、弾はまだ中に入ったままよ」
ソファ近くの床に彼女のハンドバッグがあった。推測するに手早く眼鏡を捜すためだったのであろう、彼女はバッグの中身を全て小さなテーブルの上にばら撒けていた。フリックは、アントニエットの写真が貼られた城に入るための許可証に目を留めた。その瞬間、彼女の頭にあるアイデアがよぎった。
「外に車を用意しているわ」フリックは言った。
アントニエットは傷を調べ続けている。「まだ動かせないわ」
「このままここにいたら、ドイツ兵に殺されるわよ」フリックはさりげなくアントニエットの許可証を取った。そうしながら彼女はマイケルに聞いた。「痛みはどんな具合?」
「なんとか歩けそうな気がする」と彼は答えた。「痛みが和らいだ」
フリックは、許可証を自分のショルダーバッグにそっと落とし込んだ。アントニエットは気づかなかった。フリックは彼女に言った。「彼を起こすのを手伝って」
二人の女は協力してマイケルを立たせた。アントニエットは彼の青いキャンバス製のズボンを引っ張り上げ、その擦り切れたベルトを締めた。
「このまま中にいて」フリックはアントニエットに向かって言った。「私たちと一緒にいるところを誰かに見られるとまずいから」彼女はまだ、そのアイデアを実行にうつすかどうか分からなかったが、誰かに疑いをもたれたらアントニエット自身や仲間の清掃員たちに災いが降りかかることがよく分かっていた。
ジルベルトが慄いたように窓からじっと彼らを見守っていた。フリックが舌打ちして言った。「早く外に出て、ドアを開けるのよ、このばか」
マイケルは腕をフリックの両肩に廻し体重を預けた。彼女はそれを受け止め、彼はびっこを引きながら建物から外の通りに出た。車にまでたどり着いたとき、マイケルの顔は痛みのために真っ白になっていた。ジルベルトは外に飛び出て後ろのドアをさっと開けた。彼女に手伝わせ、フリックはマイケルを後部座席に寝かせた。
 二人の女は前の席に跳び乗った。「さあ、さっさとずらかろう」フリックが言った。

第4章

 ディーターは、驚きうろたえていた。銃撃が衰え始めたとき、心臓の鼓動は平常に戻り、一体何が起こったのか思い起こした。彼は、あれほど計画的かつ慎重な攻撃がレジスタンスの手によって出来るとは考えてもいなかった。この数ヶ月間で彼が学んだのは、彼らのやり方がいつもヒットエンドランであるということだった。しかし、今回初めて彼らのやり方を自らの目でつぶさに見ることができた。攻撃的で、ドイツ軍とは違って弾薬も決して不足していない。最悪なことに彼らは勇敢だった。ディーターは、ステンガンで援護射撃を行った少女に目を奪われ、わけても小柄の金髪が傷ついたライフル銃の男――6インチも彼女より背が高い――を担ぎ上げ、広場から安全な場所に運んだのには強烈な印象を受けた。このような人間たちが、自分が戦争前、ケルンの警官だったときに囚人たちに行ったような脅迫に屈するとは思えなかった。囚人たちは愚かな上に怠けもので気が小さく、獣にも等しかった。だが、このフランスのレジスタンスたちは真のウォーリアーだった。
 しかし、彼らの今回の失敗によって、自分には貴重なチャンスが訪れた。
 銃撃が終わったと確認すると、彼は起き上がって、ステファニーを立たせた。彼女の頬がぱっと赤らみ、彼の顔を見つめて「私を守ってくれたのね」と言った。両目から涙が溢れている。「自分の身を盾にして、私を……」
 彼は彼女の尻を叩いて砂埃を落としてやった。彼は自分自身のやったことに驚いていた。その行動は本能的なものだった。彼は、改めてそのことを吟味してみたが、本当にステファニーを救うためにやったのかどうか分からなかった。彼は軽く彼女の感謝の念をいなした。「お前だけの身体じゃないからな」
 彼女は声を上げて泣きはじめた。
 彼は彼女の腕を取り、広場を渡って門の方に連れて行った。「中に入ろう」彼は言った。「しばらく腰掛けていればいい」二人はグランドに入った。ディーターは教会の壁に穴が開いているのを見た。穴はどうして彼らの主力が中に入ったかを物語っていた。
 SSの部隊が建物からレジスタンスの戦士たちの前に出てきた。多くは死んでいたが、何人かは傷を負っただけであり、一人か二人は無傷のまま降伏してきた。彼らのうちの何人かは尋問できるだろう。
 これまでの彼の仕事は受身だった。これまで彼がやってきたことはレジスタンスに対して警備を強化し、主要な施設を要塞化することだった。この思いもかけない捕虜の獲得によって少しばかり情報が手に入るかもしれない。しかし、何人かの捕虜の捕捉と、たった今実証された、よく組織されたグループ全体を壊滅させることとではその重みがまったく違う。これを逃しては襲撃できるチャンスはない、と彼は意気込んだ。
 彼は軍曹に向かって叫んだ「おい、こいつらに医者を呼んでくるんだ。これから俺が尋問を行うから、一人とて死なすんじゃないぞ」
 ディーターが制服ではないにもかかわらず、軍曹は彼のその態度から、彼が上級の将校であると確信して答えた。「了解いたしました」
 ディーターはステファニーに階段を登らせ、荘厳な玄関を通って広いホールに入った。それは息もつかせぬ光景だった。ピンクの大理石が敷き詰められた床、高い窓には手の込んだカーテンがしつらえてあり、壁にはエルトリア風の漆喰で作られたモチーフが深みのあるピンクやグリーンの影を落とし、天井には褪色してはいるが天使が描かれていた。少し前までは、とディーターは思った。この部屋は豪華な家具――背の高い姿見鏡のついたテーブルや、金メッキで覆われたサイドボード、金色の華奢な椅子、油絵、巨大な花瓶、小さな大理石製の像で一杯だったに違いない。もちろん今はこれらのものは全てなくなっていた。その代わりに、それぞれに椅子の備わったスイッチ盤が列を成し、まるで蛇の巣に入ったように床の上をケーブルが這い回っていた。