狼王ロボ2

2014/11/11 20:23

タナリーはこれにも懲りず、この後二度、王族の首を取る試みを行ったが、その二度とも最初よりましとは言えなかった。しかも、最後には最上の馬を事故で殺してしまった。
結局、彼はロボを諦め、ほうほうのていでテキサスへと帰って行った。一方、この後ロボはますます権勢を強めた。

その翌年にも懸賞金を必ずわがものにしてやるとの自信に満ちたハンターが二人現れた。二人ともこの高名な狼を仕留めるのは自分であると自信満々であった。

毒を用いる点では二人とも同じであったが、一人は新しく開発された、これまでのものとは使用方法のまったく違うものを用い、もう一人のフランス系カナダ人の男は、呪文やお祓いとともに毒薬を使用するというやり方であった。というのも、このカナダ人は、ロボが紛れもない人狼であり、普通のやり方では決して斃すことができない、と信じていたからである。

しかし、巧妙に混ぜ合わせられた毒とおまじない、そして祈祷のお払いも、この灰色をした略奪者にはまったく効果がなかった。
ロボはこれまでと変わらず、毎週の地廻りと日々の宴会に明け暮れ、一方このカローンとラローチェという名の二人の男はロボ狩りをすっかり諦めて、意気消沈しながら何処の地へか、別の狼を求めて去っていった。

1893年の春、ロボ狩りに失敗したジョー・カローンは、二つの意味で大きな屈辱感を味あわせられていた。一つは、単純にロボに馬鹿にされているというものであり、もう一つの方は、この大狼がますます自信たっぷりで権勢を誇っている、という屈辱感である。

カローンの持つ農場は、カランポー河の支流沿いにあったのだが、そこから絵のように美しい峡谷とたくさんの岩に挟まれた中をわずか1キロほど入ったところでロボとブランカは、その年子供たちを育てていたのである。
夏の間、彼らはそこを巣にしてジョーの牛や羊、それに犬さえも殺す一方で、ジョーが仕掛けた罠や毒餌を嘲笑っていた。そして、腹が満ちると断崖の洞窟でのうのうと休息をとるのだ。
その間、ジョーの方はといえば、ロボ一家を煙で燻り出すとか、あるいはダイナマイトをしかけるとかといった、悔し紛れの無駄な考え頭を悩ませていたのである。

もちろんこの間もロボたちは無傷のままで、依然として家畜を荒らしまわっていたのである。
「ほら、あそこが昨年の夏、奴らが住んでいた場所だ」と彼は、わたしに崖の方を指差してみせた。「結局、俺は奴らをどうすることもできず、ただ馬鹿にされ通しだった、というわけだ」

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以上は、わたしがカウボーイたちから聞いた話である。しかし、1893年の秋になって、わたし自身がこの盗人どもと関わり合いになり、そうしてある意味で他の誰よりも彼らをよく知るようになるまでは、わたし自身が半信半疑だったのである。

その何年か前まで、・・・それは、わたしがビンゴという犬と暮らしていたころのことだが、わたし自身が狼ハンターだったのである。しかしそれ以降のわたしの職業といえば、机と椅子に縛られるものへと変わってしまっていた。

わたし自身それにいささかうんざりしてきていたころ、カランポーで牧畜をやっている友人が、ニューメキシコに来てこの悪名高い盗人どもを何とかしてみる気はないか、と誘ってきたのである。
わたしは喜んでこの誘いに乗り、出来るだけ早くこのメサの王に会いたいと心を逸らせた。

そういうわけで、カランポーに着くなり真っ先にわたしが始めたのは、ここの地形をよく知るために馬に乗って回ることであった。案内役の男は、ときどき皮が骨にへばりついたままの牛の死骸を見つけると、それを指差して「奴らの仕業ですよ」と言ってみせた。

調査の結果はっきりしてきたことは、この荒々しい土地で馬や犬を使って狼狩りをするのは無謀であり、毒薬と罠を使う以外に有効な手はない、ということであった。
ただ、このときには、まだわたしの手元には十分な数のトラップがなかったので、毒薬を仕掛けることから始めるより仕方がなかったのである。

わたしがこの「人狼」に一泡吹かせるために試みた百をくだらない方法の一つ一つを詳らかにする必要はないであろう。ただ、ストリキニーネを様々に組み合わせ、それにヒ素、青酸カリ、その他の青酸化合物で試さないものはなかった、とだけ言っておこう。

毒餌にするためにあらゆる肉も試した。そして来る朝、来る朝、わたしは馬に乗り、成果の確認に回ったがすべてが無駄だった。
古王は余りに狡猾だった。それはまさに瞠目に値するほどだったのである。

わたしは古くからのハンターのやり方にヒントを得て、殺したばかりの牝牛の腎臓と融かしたチーズを一緒にしたものを陶器の皿の上でシチューにして、金属臭が着かないよう骨のナイフで細かく切った。

それが冷めると細かな肉片にし、その肉片すべての片側に穴を拵えた。そこにわたしはストリキニーネと青酸カリを混ぜたものを押し込んで毒の臭いが決して外に染み出さないよう肉片のカプセルを作りそれにチーズで蓋をするということをやった。

その作業の間中、わたしは牝牛の血のしみ込んだ手袋を両手にはめ、さらには毒餌に息がかからぬよう細心の注意を払った。

それが終わると、その肉片を血で浸した生皮の袋に入れ、牛の肝臓と脾臓をロープに括り付けたものを馬の後ろに引き擦りながら歩いた。周囲十マイル、およそ十六キロメートルの円を描いて進みながら、裸の手が触れないよう注意を払い、毒入りの肉片を四分の一マイル、およそ四〇〇メートルごとに落としていくのである。

ロボは、シエラ・グランデの麓に描かれたこの大きな円に入り、その週の初めには臭跡を嗅ぎ付け、そしてすべてを探索し終えた後に円から抜け出たと思われる。

これが月曜のことであり、その夕方のわれわれがそろそろ引き上げようとしていたとき、低音の王が放つ咆哮を聞いた。カウボーイの一人は、「奴です。すぐにお目にかかれますよ」とそっけなくわたしに告げた。

翌朝、わたしは早く結果を知りたくて馬を進めた。すぐにわたしは盗人どもの新しい臭跡を見つけ、その後を追った。ロボを先頭とする一行の跡は他の狼と容易に見分けがついたのである。

普通の狼であれば、その足跡は4.5インチほどの長さであり、大きな個体で4.75インチであったが、ロボのものは、何度も測ってみたが、その大きさは、つま先から踵まで5・5インチもあったのだ。そして、これは後で分かったことであるが、ロボの体格はこの足の大きさに比例して大きく、その体高は3フィート(91、2センチ)、体重は150ポンド(67、8キログラム)もあった。
このように、ロボの足跡は彼の手下のものとは簡単に見分けがついたので、その跡を追うことは易しかった。

彼らはすぐにわたしの作った臭跡を見つけ、ごく自然にその跡を追っていた。

わたしは、ロボが最初の毒餌に遭遇し、その臭いを嗅ぎ、そしてとうとうそれを口に銜えるのを目にした。

それを見て、やったぞという気持ちを抑えきれなかった。
「ついにやった」とわたしは声を上げた。「一マイルと行かずに奴がおっ死んでいるのが見られるぞ」

それでわたしは馬を駆けながら目を皿のようにして砂に残る足跡を追った。それは次の毒餌の場所にまでわたしを導いたが、そこにもすでに毒餌はなかった。それを見てどれほどわたしは歓喜したことか。
間違いなく、わたしはロボを、そして少なくとも一味のうちの何頭かをやっつけたのだ。

しかし、その大きな足跡は依然としてさらに先に延びているのだった。それでわたしは、鐙に立ち上がって平原の先の方まで見渡してみたが、狼の死骸らしきものは見当たらなかった。
わたしはさらに足跡を追ったが、三つ目の毒餌も消えていた。そして、王の足跡はその先の4つ目の毒餌へと向かっていた。

それでようやくわたしに分かってきたことは、ロボは毒餌を喰ったのではなく、単に口に銜えて運んでいただけであったということである。
そして、その運んできた三つの毒餌を四つ目のところに置くと、わたしの浅知恵をあざ笑うかのようにその上にウンチを掛けたのである。
それをし終えるとロボは、そうして彼が守ってやった手下どもと共に彼本来の仕事にかかるべく去っていった。

以上は、わたしが経験した、似たような失敗の一例に過ぎない。しかし、これらによりわたしは、決して毒餌ではロボを駆逐することはできないと確信するようになった。

ただ先に述べたように、新しいトラップが届くまでは、つなぎの策としてコヨーテや他の害獣を駆除するために、しばらくは毒薬を使わざるを得なかったのである。
いずれにせよ、わたしはこの間の失敗のお陰でロボのもつ悪魔のような狡賢さを肌身で知ることができたというわけである。