狼王ロボ4

2014/11/11 20:26

帰り道、わたしたちはブランカの死体を馬で運びながら、初めてロボの一味に与えることのできた打撃に有頂天であった。

その道すがら、そして惨劇の最中にも、われわれはロボがブランカを捜して駆け回りながら上げる叫びを聞いていた。
彼は、決してブランカを見捨てたわけではなかった。しかしその一方、心に深く刻まれた銃に対する恐怖心から、決してわれわれには近づけなかったので、彼女を救い出せる見込みがないこともよく分かっていたのだ。

その日一日、われわれは、ロボがブランカを求めて彷徨いながらむせび泣くように吼えるのを聞いた。
それを聞きながらわたしは、カウボーイの一人に「今ごろになって、ようやくブランカが本当に彼の妻であったことが確信できたよ」と漏らした。

黄昏が深まった。ロボはわれわれの谷に向かってきているようであった。その声がだんだんと近くなってきていたのである。

今やその声には間違いようのない悲嘆がこもっていた。それは、決して大きくもなければ、また挑戦的なものでもなかった。長い、そしてとても物悲しく響く声であった。「ブランカ! ブランカ!」とそれは叫んでいたのである。

夜の帳が降りた。ロボはわれわれがブランカを殺した場所から程遠くないところにいることが分かった。彼はブランカの臭跡をずっと辿ってきているのだった。
そうして、われわれが彼女を殺した地点に着いたときに、彼が発した、心を引き裂かれたような叫びは、わたしの耳にも耐えられないほど重く圧し掛かった。
それはまったく、ほんとうに狼がこんな声を発するのだろうかと思うほどの、信じることさえできないほどに悲しみを帯びた叫びであった。鈍感なカウボーイの一人でさえ、それに心を動かされてこう口にした。「狼があんな声を出すなんて初めて知りました」

ロボは、そこで何が起こったのかを、土に浸み込んだブランカの血から正確に嗅ぎ取ったのである。

そこから彼は馬の臭跡をたよりに農場まで追ってきた。その目的が彼女の亡骸を求めてのことであったのか、それとも復讐心からのことであったのか、わたしにはよく分からない。ただ後者については、彼は哀れな番犬を戸口から五十ヤードほど離れたところで、ずたずたに切り裂くことによって果たしていた。

彼が単独であったことは、わたし自身が翌朝に調べた足跡から確かであった。しかも、まったく彼らしくもなく、その足跡からあちこちを無謀に駆けずりまわっていることが見てとれた。しかし、これは半ばわたしが望んでいたことでもあり、これを見越して、わたしは叢のあちこちに多数のトラップを追加設置していたのである。

その夜中、ただ一度だけわたしはロボの声を聞いたような気がしたが、今となってはそれが現実のことだったかどうか分からない。翌日、わたしは馬を駆って結果を確認しに廻ったが、日が落ちる頃になっても北側全部を調べきれず、成果は確認できなかったのである。

晩飯のときになってカウボーイの一人がふとあることを漏らした。「今朝、北側の谷で牛どもが列をなしてかたまっているのを見ました。ひょっとしたら、あの辺の罠に何かが掛かっていたのかも知れません」

それでその翌日、カウボーイが言った辺りに近づいたとき、何か灰色をした大きな影がトラップから逃れようと地面から立ち上がった。それが紛れもないカランポーの王だったのである。彼はトラップに囚われたまま、わたしの眼前にすっくと立ち上がった。
哀れなヒーローは、無謀にもブランカを諦めきれず、彼女の臭跡をずっと追ってきて、手薬煉引いて待ち構えていた罠にまんまと嵌ってしまったのである。

鉄の顎に四肢を捕われ、今や彼にはなす術もなかった。見ると、周りの土には無数の蹄の跡が残されており、牛どもが失脚した専制者を嘲笑うためにそこに集まっていたことが見てとれた。しかし、その足跡のどれもが臆病なことにロボの牙が届く範囲には近づこうとはしていなかった。

まる二日二晩、彼はそこに囚われ、今はもう罠から逃れる力もないほどに疲弊しているはずであった。しかし、わたしが近づこうとすると、彼は起き上がって、毛を逆立て唸り、そしてそれが最後の、谷中に響き渡る低音の咆哮を上げた。仲間を呼び集めるためのものであったが、それに応える声は返ってこなかった。

独り、窮地に陥ったまま、彼は全身の力を振り絞ってわたしに立ち向かってきた。しかし、すべてが無駄であることは彼にも分かっていた。鉄の顎ががっしりと四肢を捉え、その一つ一つに三百ポンドを超える重量が掛かっているのだ。鎖も丸太も互いに絡み合っており絶体絶命の状態だったのである。

しかし、如何に彼の象牙のような牙がこの鎖を噛み砕こうとしたかは、わたしがロボに向け差しだしたライフルの銃身に付けられたい溝が今でも雄弁にそれを語っている。
彼の眼は憎しみと怒りで緑色に光った。そして顎は、わたしや怯えて震えるわたしの馬を切り裂こうとして虚しく宙で閉じた。
しかし彼は、やはり飢えと罠を逃れようとする悪あがきと失血から疲労困憊を極めており、すぐに地面に突っ伏してしまった。


そのときわたしは、何か良心の呵責のようなものに襲われ、散々人々を困らせてきたこの狼を殺す決心が揺らいだ。

「偉大なるアウトローにして一千もの無法者たちのヒーローだったかも知れんが、お前はもう直ぐ、鴉どもの餌食になるんだぞ。こうでもしなければな」
そう言って、わたしは投げ縄を唸らせながら彼の首へ打った。しかしながら、まだ気力の失せていないロボにとって、それは随分と鈍く見えたに違いない。輪が首に降りかかる前に、彼はそれを口で受け留めると、その太くて硬いロープを顎の一閉じで二つ切断してしまった。

わたしは、ライフルを最後の手段として用意してはいたが、王の毛皮に穴を開けてしまおうなどとは微塵も考えていなかった。

わたしは、再び馬を駆ってキャンプに引き返すと、カウボーイ一人と新しいロープを携えて戻ってきた。
わたしとカウボーイの二人で木の棒を彼に向けて突き出し、それを銜えさせた。そしてロボがそれを吐き出す前に二人して投げ縄を首にかけた。

ロボの目から光が消えてしまわないうちに、わたしはカウボーイを制止した。「待て、そいつを殺しちゃならん。生かしたままキャンプに連れて帰るのだ」

今やロボは余りに疲れきっておりさしたる抵抗をしなかったので、硬い棒を両方の牙の奥にまで押し込み顎の上下を丈夫な紐で棒ごと縛り上げた。棒により紐が外れなく、紐により棒が外れなくなったわけで、これでロボは全く無害になった。
彼は、顎が動かせなくなったことを知ると、もう暴れようとも声を上げようともしなくなった。ただ静かにわれわれを見つめ、こう言っているように思えた。「とうとうやったじゃないか。後は煮るなり焼くなり好きなようにするんだな」

それからは、彼はもうまったくわれわれに関心を示さなかった。

二人でロボの四肢を縛ったが彼は声も上げなかったし、首を巡らすこともなかった。それでわれわれ二人して彼を担ぎ上げ馬に乗せた。
彼の息はまるで寝ているように安らかで、その眼は清明を保っていたが、われわれの方は逆に心穏やかではおれなかった。

遥か先の曲がりくねったメサの大いなる大地を、過ぎ去ろうとする彼の王国を、もはや一族が散り散りとなってしまった彼の故郷を、その両眼はじっと見据えていた。
しかし、そうして彼が見ていた景色も、馬が道を下り谷へ入っていくにしたがい、多くの岩に阻まれて、やがて見えなくなっていった。

そうしてゆっくり馬を進めながら農場に無事到着した。馬を降りると安全のためにロボに首輪と鎖を付け、草っ原に置いて紐も外してやった。

そうして、はじめてロボの姿をじっくり近くで調べてみてのだが、世間のいう生きた英雄だとか暴君だとかという評判が如何に根拠のないものであるかが分かった。彼は金の首輪をしているわけでも、その肩にサタンの一族であることを示す逆さ十字の文様が刻まれているわけでもなかった。

ただ、わたしはその後足に大きな幅広の傷跡を見つけた。それは例のタナリーの犬の一匹、ウルフハウンドのリーダー犬ユノーの牙によるものであったが、この雌犬はすぐにロボの反撃に会い、峡谷の砂の上に屍を晒すことになったのであった。

わたしは、肉と水をロボの傍らに置いてやったが、彼はそれを見ようともしなかった。ロボは、静かに胸を地面につけたまま、あの黄色い動揺することのない眼で、わたしの遥か先、峡谷の入り口のさらに先にある平原を、彼の故郷をただじっと見ており、わたしが触れても微動だにしなかった。

やがて陽が落ちたが、彼は依然として平原を見据えたままであった。わたしは、夜になると、きっと仲間を呼び寄せるための遠吠えをするであろうと考え、そのための準備もしていたのだが、彼はただ一度大きく叫び声を上げただけで、その応答もなく、それからは二度と声を上げなかった。

力を刈り取られた獅子、自由を奪われた鷲、伴侶を失った鳩、これらはみな死を待つだけであると言われる。残虐で無法な狼とはいえ、ロボはそのすべてを失ったのである。誰が彼ならそれに耐え得ると断言できよう。

その自らの問いに答えられるのはわたしだけである。
翌朝、ロボは静かな、昨夜見た時と変わらない腹這いになって休んでいるような体勢でそこにいた。身体には傷もなかったが、既に魂はそこから抜け出ていたのである。

わたしは鎖を首から外してやると、カウボーイの手を借りてブランカの亡骸のある納屋まで彼を運んだ。ロボをブランカの傍に置いたとき、その牛飼いが弔辞のように声を上げて言った。

「なあ、これでおまえさんも再び彼女と一緒になれたというわけだ」