奔訳 白牙14

2016/05/08 11:43

彼は新たなアイデアを実行に移した。火の輪を大きく広げたのである。そして、その輪の中心に陣取って座り込み、尻の下には夜具を敷いて解けた雪に濡れるのを防いだ。

こうして彼が火のシェルターの中に消えてしまうと、いったい何が起こったのか、と好奇心も露に群れ全体が火の縁に集まってきた。彼らは決して中に入ろうとはしなかったが、火の輪を取り巻く円を描いて離れようともせず、馴染みのない暖かさの中でたくさんの犬たちと間違えそうになるくらいに、目を瞬いたり欠伸をしたり、痩せ細った身体で大きく伸びをしたりしはじめた。
そんな中、あの雌狼がふいに腰を落とすと、鼻先を星に向けて遠吠えを始めた。すると、これに次から次へと仲間が加わって、みなで腰を降ろし鼻を空に向け、ひもじさを訴える大合唱となった。

夜が明け、日の光が満ちた。しかし火は衰えていた。もっとたくさんくべてやらねばならなかったが、その燃料がなくなってきている。男が薪を手に入れるために火から外に出ようとすると、狼たちがさっと彼の元に集まってきた。火のついた棒で追い払おうとしても横に飛びのくだけで後ずさりはしない。何度やっても同じである。結局あきらめて彼が戻ろうとしたときに一頭が飛び掛かってきた。が、そいつはドジを踏んで熾火の中に四本とも脚をついて落ちた。恐怖の叫びと同時に唸り声を上げ飛びのいて足の裏を雪で冷やしはじめた。

男は、毛布の上に座り込んだ。上半身が自然に前のめりになってしまう。肩の力が抜けて下がり、もう俺はこれ以上闘うつもりはないという意思表示のように頭が膝の上に載ってしまった。が時折、消えかかった火の崩れる音に頭を向けた。火と熾火の輪は途切れ途切れになって、あちこちに隙間が出来ている。その隙間はだんだんと拡大し、輪を描いていた火の線は消えていった。

「いずれ、俺はおまえらに食われてしまうのかも知れねえがな」と彼はぶつぶつ言った。「構やしねぇ、とにかく、俺は眠るぜ」

そうして一度目を開けたとき、輪の中に、しかも彼のすぐ目の前にあの雌狼がいて、彼をじっと見ているではないか。

しかし、それから少し経って、再び目を開けた時、とは言っても彼には何時間も経過しているように思えたのだが、とても不思議なことが起きており、それが余りにショックであったので、彼は一気に目が覚めた。何かが変わっていた。しかし最初はそれが何なのか分からなかった。が、すぐに気がついた。狼たちがいなくなってしまっていたのである。ただ雪に残る踏み荒らされた足跡が、如何に彼らが彼を襲う寸前であったかを物語っていた。

睡魔がまた彼をつかんで奈落に引きずり込もうとしていた。頭が膝の上に載ろうとしたとき、突如彼は起こされた。
男たちの叫び声、いくつもの橇が雪を踏みしだく音、ハーネスのきしむ音、それに犬たちの活気に満ちた吠え声が聞こえてきた。四つの橇が川床を上がって木々の間に作ったキャンプまでやってきた。六人の男が火の消えかかった輪の真ん中に座り込んでいる男を取り巻いた。彼らは男を揺すぶったり突いたりして起こそうとした。男は、彼らを酔っぱらいのような眼つきで見ると、おかしな眠そうな声でだらだらしゃべった。

「赤い雌狼が、・・・犬たちの飯の時間にやってきて、・・・そんで、最初は犬の餌を喰って、・・・それから犬を喰って、そんで最後にはビルまで喰っちまった・・・」

「アルフレッド卿はどこだ?」と男たちの一人が彼を乱暴に揺すぶりながら彼の耳元で怒鳴った。

彼はゆっくり頭を振って、「いや、あの雌は彼を喰っちゃいねぇ・・・、彼は、ひとつ前のキャンプで木の上に寝かせてある」

「死んだ?」とその男は叫び声を上げた。

「ああ、棺の中だ」ヘンリーは答えると、苛立たしく肩を揺すって握られた男の手を払った。「なぁ、俺を放っておいてくれ。俺はもう熟れたスモモみてぇに眠りに落ちるんだ。そんじゃ、みなさん、ごきげんよう

彼の目は瞬いたかと思うとすぐに閉じた。顎が胸にくっついた。そして彼らが毛布の上に彼を寝かせてやると、たちまち大きな鼾をかき始め、凍てついた空気を震えさせた。

しかし、その震えとはまた別の響きが聞こえてきた。遠く、微かな響きであったが、それは遙か離れた場所であの狼の群れが狩り損ねた人間に代わる肉を見つけて追いかける飢餓の叫び声であった。