狼王ロボ1

2014/11/11 20:20


      狼王ロボ


原作 アーネスト・シートン(Ernest Thompson Seton) 
 訳 荒野一狼(Ichirou Kouya)


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カランポーは、ニューメキシコ州の北に位置する広大な放牧地帯である。牧草に恵まれ、羊と牛とが群れをなす起伏に富んだメサ台地と、それを縫うように流れる貴重な水はやがて一つに集まってカランポー河となる。この地がカランポーと呼ばれるようになったのはこのためである。

このカランポーの地に、王のような権勢を揮っていた一頭の灰色狼がいた。

何年にも渡りこの地を荒らしまわっていた灰色狼の集団の中でも一際大きなこの首領のことをメキシコ人は、ロボ、あるいは王と呼んでいた。

羊飼いや牧場主たちもこの狼をよく知っていて、彼が配下と共に現れると、牛や羊の群れは恐慌をきたし、彼らは憤怒と絶望感に襲われるのだった。

ロボは単に身体が大きいだけではなく、狡猾で強かった。夜、彼が発する咆哮も他の狼のものとは違い、誰にもすぐそれと分かった。
普通の狼の遠吠えであれば、ビバーク中のシェパードたちも近くをコヨーテがうろついているな、程度の関心しかもたなかったであろうが、一度それが谷に轟くロボのものと分かれば、彼らは己に鞭打ち、翌朝早くには群れの中に損害がないか確かめねばならなかったのである。

とはいっても、ロボ一味の規模はさして大きなものではなかった。これはある意味、奇妙なことである。なぜなら、力を持つリーダーの下には多くの狼が寄り集まるのが普通だからである。
ロボ一味が小さな集団に留まっている理由は、そもそもロボが大一家を望んではいなかったためか、あるいは彼の苛烈な性質によるものであったのかも知れない。ただ確かなことは、彼の郎党は五頭だけだったということである。

しかし、小集団ゆえにその五頭ともロボ同様によく知られていた。ほとんどが普通のサイズであったが、サブリーダーは大きかった。しかし、その彼にしてもロボと比べれば体力的、能力的に見劣りしてしまうのだった。

他の狼たちも個性的であった。そのうちの一匹は、メキシコ人たちがブランカと呼ぶ白く美しい狼であった(ロボの伴侶であろうと思われていた)。また別の一匹は、驚くほど俊敏な黄色い狼で、群れの協力はあったもののアンテロープを倒すところを何度か見られている。

いずれにしろ、ロボたちはカウボーイやシェパードたちの間で夙に有名だったのである。彼らはしばしば人の目にとらえられ、あるいは人の口に上った。
いうならば、ロボたちの命運は、最初から彼ら一族郎党の撲滅を心底願っている牛飼いたちの手にかかっていたのである。

カランポーの畜産業者たちは、皆それぞれにロボたちの首に賞金をかけていたのだが、ロボ一家はそれを知る由もなく、のうのうと優雅に暮らしていた。
ロボたちはハンターたちを舐めきっていた。それもそのはずで、なにしろ彼らは毒餌や罠に一切掛からず少なくとも五年を生き抜いてきていたのである。

畜産業者たちは口を揃えて、俺たちは奴らに毎日牛一頭を、しかも最上のものを献上している、と苦いものを吐き出すように言ったが、仮にその通りとするなら、すでに2千頭以上もの牛が彼らの胃袋におさまったということになる。しかもすべて最上のものばかりである(よく知られていたことであるが、彼らはいつも迷うことなく最上のものを選んで襲っていたのである)。

狼は絶えず腹を空かせているので、口に入るものであれば何でも喰ってしまう、と昔からよく言われるが、ロボたちは例外であった。

彼らはみな毛艶がよく健康そのものであったし、精神的にも鋭敏で抜け目がなく非常に用心深かった。彼らは、自然死した家畜や病気のもの、それに毒入りのものには決して触れなかったし、家畜業者の手によって殺されたものには目もくれなかった。

彼らが好きな肉は1、2歳ほどの牝牛で、その柔らかい部分に限られていた。雌雄を問わず老いたものには手を出さなかった。
ときに子牛や子馬を襲うこともあったが、決して好物だったからではない。また、よく知られているように羊の肉も彼らの好みではなかった。それでもそれを襲って殺すのは、それがただ面白いからだった。

1893年11月のある夜、ブランカと黄色狼は250頭の羊を殺しまくった。それが遊びであった証拠にただの一切れも口には入れていなかった。

上のようなことをわたしが繰り返し書くのは、畜産業者にとって如何に彼らが破壊的な集団であったかを分かってもらうためである。

この害獣を駆除するために毎年新しい器具や様々な方法が試みられたが、糠に釘のごとくまったく通用しなかった。
ロボの首には多額の賞金が掛けられ、そのためのごく少量で効く毒薬があちこちで使われたが、彼は決してそれに引っかからなかった。
そのロボが唯一恐れるものは銃だったが、彼はこの地の男が皆銃を持っていることをよく知っており、そのせいか彼が人を襲ったというような話は聞いたことがなかった。

一味のモットーは、人間の姿を見つけたらとにかくすぐに逃げろ、であった。
またロボが肝に銘じていたのは、自分たちが殺した獲物以外は口にするな、ということであり、さらにはロボ自身がもつ人の手や毒の臭いを検知できる鋭敏な臭覚が一族郎党の存続を支えていたことは間違いなかった。

あるとき、カウボーイの一人が仲間を呼び集めるロボの咆哮を聞いて、密かにその声の方に忍び寄った。どうやらそこが一味のアジトだったらしく、この男は自分の小さな牛の群れをたまたまそこに集めてしまったのである。

ロボは高みにひとり佇み、ブランカやその他の仲間たちが群れの中から狙いを付けた若い牝牛一頭を切り離そうと躍起になっているのを見ていた。

牛たちは頭を外に向けた陣を敷き、その角を一直線に並べて狼たちに立ち向かう姿勢を見せていた。狼の襲撃に怯えた牝牛たちを群れの中に囲い込んで守る盾の構えである。
狼たちが優位に立つには、目標にした牝牛に手傷を負わせる以外にはないのだが、その牝牛は手負いには程遠かった。

遂にロボは手下どもの鈍間ぶりに痺れを切らしたのか、大きく獅子吼すると群れの中に飛び込んだ。
それに恐懼し牛たちの隊列は乱れた。ロボはそれに付け込み、隊列の中に飛び込んだ。すると、牛たちは爆裂した爆弾の破片のように四散した。

ロボは、20メートルほど離れたターゲットの牝牛に襲いかかった。そしてその首に喰らいつくと、そのまま全力で後ろに引き倒した。牝牛が倒れた衝撃で地面が揺らいだ。なにしろ牛は真っ逆さまに地面に落ちたのだ。ロボも宙返りを余儀なくされたが、すぐに体勢を整えて着地した。哀れな牝牛にはすぐに手下の狼たちが襲い掛かり、あっという間に息の根を止めた。

ロボは、それには一切手を出さなかったが、牝牛を倒した後の彼は、「どうだ。お前らは、なんでもっと早くこういうことがやれないのだ」とでも言いたげであった。

カウボーイは、ときを見計らって狼たちを追い払うための叫び声を上げた。それを聞いたとたん、狼たちはいつものように一斉に逃げ出した。

男は、ストリキニーネのビンを携行していたので、彼らの姿が見えなくなると早速牝牛の死骸三か所にその毒薬を仕込んだ。ロボたちが自分たちの労働の成果を決して無駄にしないことを知っていたのである。

しかし翌朝、男が期待に胸を高鳴らせながら再びそこを訪れてみると、牝牛の死骸はきれいに平らげられていたが、毒を仕込んだ部分だけは見事なほどに喰い残されていた。

この恐るべき狼のことは年々牧場主たちの間に広まり、その首にかかった懸賞金の額もまた年々上がっていって、最終的にはこの種の懸賞金としては類を見ない千ドルにまで達した。

それにつられて腕に覚えのある賞金稼ぎがこの地にやって来た。テキサスのレンジャー、タナリーもある日、馬を駆ってやって来た一人である。しかも彼は、飛び切り上等の道具一式――最高の銃に馬数頭、それにウルフハウンドの群れを従えてやってきたのである。

遠くパンハンドルの地で、彼は馬に跨り犬たちとともに多くの狼を殺してきた。だから、ここでも数日のうちにロボの首を鞍頭にぶら下げて帰れるだろう、と彼は気軽に考えていたのかも知れない。

そうして、灰色がかったその夏のある日の黎明、彼は意気揚々と狩りを始めた。
ウルフハウンドたちはすぐにロボたちのアジトへと繋がる臭跡を嗅ぎ付け大喜びしはじめた。
それから2マイルと行かないうちに、カランポーの灰色狼たちの飛び跳ねる様子が眼に入ると、犬たちの興奮は一層高まり、追跡は息急き切った荒々しいまでのものになった。

犬たちの主な役目は、狼たちを行き詰まりまで追い詰め、そのままハンターの到着を待つことである。ところがこれは、テキサスの平原でなら容易かったが、ここカランポーではそうはいかなかった。
そしてまた、これこそがロボがここを根城に選んだ理由でもあったのだが、この辺は岩の多い峡谷であり、カランポー河の支流が平原のあちこちを横切っているのである。

ロボはすぐに近くの川に向かって走ると、その向こう岸に渡って臭跡を消し追っ手たちを巻いた。仲間の狼たちも走る先々で四散したが、再び一か所で落ち合った。もちろん皆無傷だった。

一方、犬たちはもはや後戻りができない。
数では劣勢であったが、狼たちは一斉に追跡者たちに反撃を加え、そのほとんどを殺すか、あるいは致死的な深手を負わせた。

その夜、タナリーが犬たちを呼び集めたとき、彼の元に戻ってきたのは6匹のみで、うち2匹はこっ酷く切り裂かれていた。