スプリングフィールドの狐ビックス7

2014/11/24 13:42


それから一時間ほどして、チビの動き回る音や鳴き声が止んだ。覗いてみると、月明かりの下には母狐の姿があった。彼女はチビの傍で何かを銜えているようで、鉄の奏でる音からそれが非情なチェーンであると分かった。チビの方は、彼女がそうしてチェーンを噛み切ろうとしている間にも懸命に乳を飲んでいるのであった。

わたしがそこへ出ていくまでの間に彼女は暗い森の中へと逃げ去ってしまっていたが、見ると箱の中に二匹、血だらけのまだ生暖かい小さな鼠が入れられていた。情の深い母親からの差し入れであった。
翌朝、わたしは、チビの首輪から二、三十センチほど離れたチェーンの部分がピカピカに光っているのを発見した。

森の中の破壊された巣の前まで歩いてみると、そこにもビックスが来ていた証拠を見つけることができた。傷心の哀れな母狐は、ここに来て土に埋められてしまったチビどもを掘り起こしていたのである。

そこには三匹のチビどもがみな綺麗に泥を舐めとられて横たえられており、傍らには殺したばかりのわが家の鶏が捧げられていた。
新しく盛り上げられた土に付いた跡は、問わず語りに彼女がチビどもの死体にリツバ(サムエル記:アヤの娘リツバは、荒布を脱いで、それを岩の上に敷いてすわり、刈り入れの始まりから雨が天から彼らの上に降るときまで、昼には空の鳥が、夜には野の獣が死体に近寄らないようにした)のごとく寄り添っていたことを告げていた。

そして、チビたちが生きていたときと同じ様に、夜の狩りで手に入れた獲物を与えてやろうとしていたのである。彼女はそこに身体を延べ、彼らに乳を与え身体を温めてやろうとしたのだが、その毛糸にくるまれた中身はすでに固くなっており、固く冷たくなった鼻はなんの反応も示さなかった。

土の中に深く圧し込められた肘や胸、そして後足の跡から、そこで彼女が深い悲しみに沈みながら、長い時間チビどもを見つめ、仔を失った野生の母の姿そのままに嘆き悲しんでいたことが見てとれた。
しかし、そうして彼女はチビども三匹の死をはっきりと認識したのであろう、それからは二度とそこに行こうとはしなかった。
今や、囚われた、兄弟たちの中で一番の弱むしだったチビひとりが彼女の全愛情の相続人となったのである。

犬たちが鶏の番をするために庭に放たれた。雇人は銃を与えられ、ビックスが来たら打ち殺すよう命じられた。わたしもその点同じであったが、彼女を見なかったことにしようと腹の中で決めていた。
狐は好むが犬は食わない毒入りの鶏の頭はすでに森中に撒かれていた。ビックスがチビの繋がれている庭までやってくるには、これらの危険を冒し、積み上げられた木の山を登って来る他にはない。

しかし、それにもかかわらず、ビックスは毎晩その危険を冒し、殺したばかりの鶏や狩りの成果を銜えてチビのもとを訪れていたのである。何度も何度もわたしは彼女の姿を目にしていた。チビが呼び声を上げなくとも知らぬ間にそこに来ていたのである。

チビを捕まえた翌日の晩、わたしはチェーンがカチャカチャなる音を聞いて、ビックスがそこに来ていることを察した。懸命にチビのそばの土を掘る音も聞いた。その穴が彼女の身体半分を隠すほど深くなったとき、彼女はチェーンの余長を掻き集めて穴の中に入れるとその上にまた土をかぶせた。そして、ついにチェーンの奴を克服したぞというような勝ち誇った顔をしてチビの首を咥えると積み重なった木の山を乗り越えようとダッシュした。ああ!、しかし、チビの身体は彼女の口から無残に引き離されてしまった。

かわいそうに、チビすけは箱に戻りながら悲しそうな鳴き声を上げた。三十分ほどして犬たちが大きな吠え声を上げ始め、遠くの森へまっすぐ駆け出していったことから、わたしにはビックスを追っていったものと分かった。はるか北の方に鉄道が走っているのだが、彼らはそちらに向かっており、その辺りで吠え声が聞こえなくなった。

翌朝になってもレンジャーは帰ってこなかった。わたしたちは、それがどういうことか間もなく知ることになった。狐たちはとうの昔から鉄道というものをよく理解していたのである。
彼らは、それをうまく利用する術をいくつか考え出していた。その一つは、犬どもの追跡を受けたら、列車が来る直前までレールの上を長い間歩いて移動するということである。臭跡は鉄の上には強く残らないし、列車が通過するとそれもすぐに消えてしまう。その上、うまくすれば犬を列車に轢かせて殺してしまうこともできる。
しかし、もう一つの方法がより確実であった。それは、かなりの危険を伴ったが、列車が追いかけてくる中、犬に自分の後を追わせながら高い高架橋まで誘い込むというもので、その結果、機関車に追い詰められた犬は破滅を迎えざるを得なくなる。

この技は非常にうまく行われたようで、わたしたちは高架橋の下に轢死体となったレンジャーの姿を見つけ、ビックスが復讐を果たしたことを知ったのである。

同じ夜、スポットが四肢を棒にしてくたくたになって帰ってくる前に、彼女はまた鶏を一羽殺してチビのもとに置くと、そこに荒い息をしながら身体を延べチビの渇きを癒すべく乳を与えたのである。彼女にしてみれば、チビは彼女が与えてやるもの以外は一切口にしていないと思われたのであろう。

そのために、彼女は毎晩のように鶏を殺しては毎晩のようにチビを訪れ、そしてそれをまたわたしが見て見ぬ振りをしていたわけで、これは叔父への裏切りそのものであった。

しかしわたしは、ビックスへの同情の念を募らせていて、これ以上の殺戮に加担するつもりはなかった。
翌晩、叔父は自ら銃を手に一時間ほど見張りを行った。しかし、辺りが寒くなり、月が雲に覆われると、何か重要な用事を思い出したらしく、アイルランド人に持ち場を譲ってどこかへ出かけてしまった。

アイルランド人は、静かななかで気を揉みながら見張りを続けているうちにだんだん心細くなってきて、銃を二発ばかりぶっ放してしまった。
結局、一時間ほどしてわたしたちに分かったことは、ただ弾を無駄にしてしまっただけ、ということであった。

翌朝になって、ビックスが殊勝にもチビのもとを訪れていたことが分かった。その翌晩も、叔父が番をしていたにも関わらず、また一羽鶏が持って行かれた。暗くなってすぐに一発銃声が聞こえたが、ビックスは銜えていた獲物を落としただけで逃げて行ってしまった。
しかし、さらなるビックスの試みにより四発目が発射された。
その翌日、チェーンがピカピカに光っていることから、彼女がここにきて何時間もの間この憎むべき絆を切ろうと無益な努力をしていたことが分かった。

このような勇気と変わらぬ献身は、宗教的な寛容の精神などとは無縁の者にさえ尊敬の念を呼び起こすものである。とにかく、翌晩には辺りが静寂に包まれても銃を手にしようとする者は一人もいなかった。
そもそも銃など何の役に立ったであろうか? 一発や二発撃って追い払ったとしても、彼女は囚われのチビを救い出そうと、あるいはせめて食べ物だけでも与えてやろうと必ずまたやってきたのではないか?
彼女の行為は、みな母親としての愛によるものだったからである。

そして四日目の夜、わたしだけがそれを目にすることができた。
チビの甘えた鳴き声がして、例の影が木の束の上に現れた。
しかし、家禽もその他の獲物も銜えている様子はない。さしもの女狩人も狩に失敗してしまったのか? 彼女はもうその負担に耐えられなくなったのか? それとも、囚われたチビに食べ物が与えられていることを知ったからか?

いや、そういうことではまったくなかった。この野生の母の愛と憎しみは掛け値なしの本物だったのである。
彼女の願いはただ一つ、チビを囚われの身から自由にしてやるということであった。そのために智慧の限りを尽くし、この仔を慈しみ自由にするために危険を顧みなかった。しかし、そのすべては失敗に帰してしまった。

彼女は、影のように忍び寄るとすぐにまた姿を消したが、チビは彼女が落としていった何かを口にしたかと思うと、嬉しそうに口の中でポリポリと噛み砕いた。しかし、食べているうちに鋭いナイフのような激痛が彼を貫ぬき、痛みのために叫び声が漏れた。そして一瞬の苦悶の後、仔狐は息絶えた。

ビックスの母としての愛は強いものであったが、その意思はそれよりもさらに強固だったのである。
彼女は毒の威力をよく知っていた。また鶏の頭が毒餌であることも知っていた。
だから、本来であればチビには生きていくためにこんなものを喰ってはならないということを教えてやらねばならなかった。
しかし、ここにきて彼女は、囚われの身としてチビに悲惨な生をおくらせるか、それともいっそ一息に死なせてやるかという最後の選択を迫られていたのである。
そして彼女は、胸の中に燃える母性の灯を掻き消して、たった一つ残された自由への扉からチビを逃してやる決断をしたのであった。

雪が白く地面を覆うようになると、わたしたちはいつも森の中を探索していたのだが、その年の冬は、もうビックスはエリンデールの森をうろつきまわってはいないよと告げていた。彼女がどこにいったのかは教えてくれなかったが、とにかく彼女はどこかにいってしまった、というのであった。

そうだ、行ってしまったのだ、彼女は。
何処か、遠く離れたところへ。あまりに悲しい、チビたちや伴侶の死の記憶を忘れさせてくれるところへと。

あるいは、悲哀に満ちた生を送らねばならなかった森に住むあまたの野生の母たちと同じように、考えに考えた末に彼女自身も、たったひとり生き残った自らの血を引く仔を逝かせたと同じ方法によって、自分自身もまた行ってしまった、ということだったのかも知れない。