奔訳 白牙19

2016/12/31 21:20


片目は彼女の傍を落ち着きなく歩いた。再び彼女は不満を募らせてきており、探していたものを早く探さねばならないことを思い出していたのだ。彼女は踵を返すと森の方へ駈け出したが、このことは片目を安堵させ、木々の中に身が隠れるまで前へ小走りに駆けた。

二頭の狼は影のように音もなく月光の下を滑るように駆けているうちにけもの道に出た。二頭は、ともに雪に残る臭跡に鼻を落とした。臭跡はまだ新しかった。片目が先に用心深く駈け出し、連れの雌狼が後に続いた。彼らの幅広の足の裏は広がってベルベットのような雪を踏みしめた。片目は雪原の中に微かな動きを認めた。彼の滑るような走りはそれだけでも信じられないほど素早かったが、それは今彼が全力で疾走している速さに比べればどうってことはなかった。今彼が追っているのは先ほど彼が目にした白いものである。

彼らは両側に若い唐檜が茂る狭い道を疾駆している。木々を通して小道の口が見え、月光に照らされた空き地が開けている。片目の老狼は逃走する白いもののすぐ後ろに迫っている。一飛びごとにその距離は縮まっていく。今、まさに彼はそれに爪を掛けようとした。あと一飛びで牙を沈ませることができる。
しかし、その一飛びが適わなかった。空中高く、垂直に、その白い形そのままにスノーシューラビットはもがきながら空中高く跳躍して再び地面に落ちてくるやさらにまた跳ね上がるという幻想的なダンスを繰り返したが、最後には空中高く上がったまま地上に降りてはこなくなった。

片目は突然の恐怖に驚きの声を上げて後退さると、得体の知れぬものに対する畏怖に唸り声を上げながら雪の中に縮こまり身を屈めてしまった。
しかし、雌狼は冷やかに彼の傍を通り過ぎる。そして少し間をおくと、空で踊っているウサギに跳びつこうとした。かなり高く舞い上がったが、獲物ほどには高くはジャンプできず、牙が空しく空中で金属的な音を立てて閉じた。彼女は何度も何度もこれを繰り返した。

彼女の連れは、ようやく落ち着きを取り戻して立ち上がると、彼女のその様子をよく観察した。そして今、彼は彼女が繰り返している失敗の連続に呆れた様子を見せると、渾身の力を込めてジャンプした。彼の牙はウサギを捉え、それを加えたまま地面に引きずり降ろした。しかしそのとき、彼の近くで何かが折れるような気配を感じて目をやると若い唐檜の枝が折れ曲がって自分の頭を打とうとしているのに驚愕した。顎を開いて獲物を離すと、彼は後ろに飛び退き危難を逃れたが、唇は後ろに捲れあがって牙をむき出しにし、喉は唸り声を発し、全身の毛が怒りと恐怖に逆立った。枝はその屈服しそうになった過ちを正すかのように跳ね上がり、ウサギは再び空中高く舞い上がった。

雌狼は業腹であった。彼女は、非難の牙を連れの肩に沈めた。彼は恐怖のただ中にいて、彼女の攻撃の理由も分からなかったため、慄きながらも獰猛な反撃に出て、彼女の鼻面を切り裂いた。
彼女の非難に対する彼のこの怒りは、彼女にとってまったく予想外のものであったため、彼女は憤激に唸り声を上げながら彼に襲い掛かった。
それではじめて、彼は自らの過ちに気が付いて彼女を宥めようとした。しかし彼女は彼が宥めるの諦めるまで繰り返し彼をを懲らしめた。彼は頭を彼女から遠ざけるように輪を描いて回りながらも、その肩に彼女の歯による懲罰を甘んじて受け入れた。