奔訳 白牙25

2017/02/20 20:54

彼は、川床が通常よりも大きく曲がったところで岩の端に頭を擦り寄せるようにして前を伺ったが、そのとき眼の端に何かを捉えてしゃがみ込んだ。それは足跡の主、大きな牝の山猫であった。彼女は、朝彼がしゃがんだと同じようにそこにしゃがみ込み栗の毬となったハリネズミと対峙しているのであった。もしもこれまでの動きが滑る影であったとするなら、今の彼はまさに幽霊の影ででもあるかのように忍び足で二つの音を立てず動かぬ者たちの風下へと回り込んだ。

彼はライチョウを傍らに置き雪の上に腹ばいになると、針の葉を落とした育ちの悪い唐檜の低木を通して繰り広げられる目の前の命のやりとりに固唾を呑んだ。それは、待ち続ける山猫と待ち続けるハリネズミとの命のせめぎ合いであり、これこそがゲームの、喰おうとするものと喰われまいとするものの命の妙であった。一方で、古狼、片目は腹ばいになって息を呑みながら、今に、何か予期せぬことが起こるのではないかと期待に胸を膨らませており、それが彼の肉を求めての旅における役柄なのである。

三十分が過ぎ、一時間が過ぎた。が、何も起きなかった。栗の毬ははじめから石だったのではないかと思われ、山猫ははじめから凍った大理石であったかのようであり、片目は死んでいたかのように思われた。しかし三つの生き物は、痛々しいほどの緊張状態にありながら、かつてないほどに生きており、その結果がこの石化なのである。

片目は、熱望を押さえきれず前方にわずか首を伸ばした。何かが起きようとしていた。ハリネズミは終に、敵が去ったかどうかを探ろうと決心したようであった。ゆっくりと、用心深く、栗の毬はその難攻不落の鎧を解こうとしていた。それは、なんらの殺気を感じている様子ではない。ゆっくり、ゆっくり、針を立てた毬は伸びてまっすぐ長くなっていった。片目はそれを、目の前にご馳走が広げられるのを見るように、興奮に口の中が湿っぽくなり唾が舌先から滴り落ちるの感じながら見ていた。