Jack Daws 4

2013/02/01 11:58


 マイケルの攻撃計画はMI6、つまりイギリス諜報機関の情報に拠っていた。それによるとシャトーはSSからの派遣による12人ずつ3交代の警護隊によってガードされていた。シャトーの中のゲシュタポたちは兵ではなく、そのほとんどは武装もしていないはずだった。ボーリンジャーサーキットはすでに15人を攻撃のために召集し、礼拝者の中に混じらせ、あるいは広場で暇つぶしをしている風を装わせるなどして配備を整え、全員が武器を服の中やカバン、ダッフルバッグの中に忍ばせていた。もしMI6が正しかったなら、彼らレジスタンスは警護兵を数で凌駕しているはずだった。
 しかし、危惧の念がフリックの脳に沸き起こり心臓は不安で重たくなっていた。彼女がアントニエットにMI6の評価を話したとき、アントニエットは顔を顰めて「いや、あたしにはもっといるように見えたね」と言ったのだった。アントニエットは決してばかではない――フリックはMI6の評価とアントニエットの見解の矛盾をどう理解すれば良いか分からないでいた。もはや偵察に裂くだけの時間もなかった。もしもレジスタンスが数の上で勝っているとしても――とフリックは恐怖のうちに考えをめぐらす――彼らが鍛え抜かれたドイツ兵を打ち負かすことなど果たしてできるのだろうか。彼女は広場を見渡し、一見罪のない放浪者のような、しかし事実これから殺すか殺されるかの二者択一を迫られている馴染みの顔に目で印を付ける。雑貨店の外で、ショーウィンドーの中の暗い緑色をした一反の服地を覗き込んでいるのは二十歳のジェネビェーブで、その薄いサマーコートの内にはステンガンを隠し持っている。ステンガンは、ジェネビェーブでさえマイケルが一目置くほどの扱いができることからレジスタンスに好んで使われる機関銃だった。しかし、それでもやはりフリックは、ほんの数秒のうちに銃火の嵐に刈り取られてしまうのではないかという身の凍るような恐怖に襲われるのだった。玉石を敷き詰めた広場を横切り教会の方に向かっているのはバートランドだった。たぶん17歳にもならないブロンドの真摯な顔つきをした若者で、45口径のコルトオートマティックを小脇に挟んだ新聞の中に隠し持っていた。同盟軍はパラシュートで何千ものコルトを供給しているのだった。フリックははじめ彼が余りに若いことからチームの一員になることを禁じていたが、彼はチームに加わりたいと強く抗弁し、彼女にも有能な男が必要だったから、止む無くチームに加えたのだ。彼女は彼の若々しいつっぱりが銃火の切られた後も持ちこたえることを期待した。ぶらぶらと教会のポーチをうろつきながら明らかに事が始まる前にタバコを吸い尽くそうとしているのは、アルバートだった。彼の妻は今朝、初めての女の子を産んだばかりだった。アルバートには他の誰よりも今日を生き抜かねばならなかった。彼はジャガイモを一杯詰めた布のバッグを運んでいる風を装っていたが、その中身は36番のマーク1手榴弾だった。
 その光景は一見いつものカットにしか見えなかった。教会のそばに一台の大きな高出力のスポーツカーが停車していた。それはフランス製ヒスパノスイザのタイプ68、V12気筒の航空機エンジンを搭載し、世界最速の一台だった。その車のラジエターグリル上には背の高い銀色をした傲慢そうなコウノトリのマスコットが飾られ、車体はスカイブルーに塗装されていた。
 その車は30分ほど前にそこに到着したものだった。ドライバーは四十がらみのハンサムな男で粋なスーツに身を包んでいたが、そんな車を見せびらかすような神経を持つ者はドイツの将校を置いて他にいないはずだった。彼の連れは背の高い、緑色の絹のドレスにスェードのハイヒールを履いた目の覚めるような赤い髪をした女だったが、フランス人顔負けの、完璧すぎると言っていいほどシックに決めている。男は三脚にカメラを据えてシャトーの写真を撮るつもりらしい。女にはどこか娼婦を思わせるようなところがあった。