悲母観音像 11 完

2013/02/26 10:29


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白旗陽子は、病院近くのスターバックスでお気に入りのアールグレイティーとスコーンを前に清家菜穂子との会話を楽しんでいた。菜穂子が携帯で非番の陽子を呼び出したのである。
陽子は、高校まで菜穂子とは同じ学校に通った。性格は、陰と陽といっても良いほど対照的だったが、二人は妙に馬が合った。菜穂子は都内の大学を卒業すると新聞社に入り、今や社会面を担当するまでになっていた。
「ねぇ、陽子」菜穂子は、いつものように携帯をテーブルの左端の辺に沿って置く儀式を終えると、安心したようにコーヒーの入った紙コップを両手で包んだ。「私は、今回の事件で、俄然あの子に対する興味が湧いてきたんだけど、近いうちにもう一度会わせてもらえないかしら」
「さぁ」陽子は、わざと意地悪く応える。「それはどうかな。私のたいたんは、少しばかり気難しいからな。あの子は、自分が気に入った相手じゃないと、洟も引っ掛けてくれないと思うよ」
「ふーん」菜穂子は、陽子の話を半ば信じたように、がっかりした素振りを見せた。
「へーん。嘘だよ。あんたにたいたんが会ってくれないわけないじゃない。だって、あんたに丸木良也への取材を頼んだのは、あの子なんだよ」
「うん。確かにそうだよね」菜穂子の声は、自信を取り戻したかのように張りのあるものに変わった。「・・・・・・それにしても、あの子は何のために私にあんな取材をさせたんだろう」
「さぁね。それは、私にも良く分からないわ。でも、あの子があなたが録音してくれた良也の声を熱心に分析していたことだけは確かよ」
「分析?」
「ええ。私は、あの子に良也の声をコンピュータに取り込むよう頼まれたの。私が、いったい何をするつもりなのと聞いたら、人間の喋る声には、非常に多くの情報が含まれているとか、そんなことを言っていたわ」
「でも、あの子は、たったそれだけのことから、丸木議員の妻殺しまで突き詰めたのかしら」
「ええ。あの子なら、そのくらいのことはピースオブケークかも知れないわね」陽子は、スコーンをかじりながら言った。

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都築は、事件後に田辺から詳しく事情を聞くことが出来た。そして、その話に衝撃を受けた。
田辺は、良也に殺されたあの幼子の実の父親だったというのだ。彼は、古川大樹から復讐の絶好のチャンスを与えられ、そしてその計画通りに事を運んだ。その結果が、丸木市議の逮捕であったのだ。
都築は、改めて古川大樹という少年の恐るべき能力に背筋が寒くなるのを覚えた。
「あの子は、本当にすべてを見抜いた上で、このようなことを実行に移したのだろうか。いや、それは疑う余地もあるまい。確かにあの子は、この結末を予見していたのだ。なんという恐ろしい少年だろう」

都築は、アトリエで熱いコーヒーを啜りながら古川大樹のか細い身体を思い浮かべていた。その眼の先には冠雪を頂いた雄大な富士の姿があった。

第一話 完