白牙 第一部を訳し終えて

2016/05/08 09:40


白牙は、荒野の呼び声と対を成す名作である。ただその分量は呼び声よりもかなり多い。

わたしは両者とも何度読んだか分からないくらいに読み、そしてオーディオブックで聴いた。両者は、甲乙つけがたい名作、というよりは、二つ揃ってこその名作というべきであろう。つまり、美人の姉妹を並べて見て、どちらがより美人かという比較をしてはだめなのである。なぜなら、この姉妹はお互いが相手の魅力を引き出すという性質を持っているからである。

白牙も荒野の呼び声も、その出だしはとてもミステリアスである。つまり引きがあるのだ。
白牙の場合、まず二人の登場人物がとてもいい。ヘンリーとビルというマッシャー、つまり橇引きだが、ジャックロンドンは、二人の性格の違いとその結末を見事に関連付けて描いている。しかも、この二人が橇に乗せて運んでいるのはなんと、棺に入れられた自分たちよりも若い貴族の遺体なのである。

そして、彼らと橇を引く犬たちを狙って追跡する飢えた狼の群れ。その群れの紅一点ともいうべきシーウルフ(雌狼)。
ここまで読みすすめた読者は、果たして主人公たる白牙はいったいどの時点で、どのような形で現れるのか期待にわくわくするに違いない。もちろんロンドンはこれを計算に入れている。

物語が展開していく中で、このシーウルフが重要なキーであることが仄めかされていく。なぜなら、この狼には狼らしからぬところがあるからである。二人の男もだんだんそれに気がついていく。

一方、荒野の呼び声では、ミステリアスには違いないが、その展開は少し白牙と質が違っている。主人公バックは、太陽に恵まれたカリフォルニアでのいわば貴族的な文明生活から、クロンダイクストライクという人間社会の出来事によって、北の地での野蛮な野生へと生活が一変してしまう。これもまた魅力的な始まり方をするのである。

さて、一部でのシーウルフの役割は分かった。これからどういう展開を見せるのか。結果は分かっていても、やはりそのストーリーテリングの巧みさ、描写の細さに感動を覚えてしまうのである。