東郷ターン

2010/09/17 22:58


日曜日に本屋で立ち読みをやった。何を読んでいたかというと、漫画である。でも、わが名誉のために言っておくと、漫画は漫画でも日露戦争について、わたしのような歴史音痴にも良く分かるよう易しく解説したものである。
わたしは、本屋さんには大変申し訳なかったが、最初から最後まで全部読ませてもらった。と言っても、何十分も立ち読みしていたわけではない。速読である。ほんの数分でほぼ一冊丸ごと読ませていただいた。泥棒にも等しい行為であるが、正直あまり疚しさは感じていない。今度気に入った本があれば買うから勘弁してね、という程度の気持ちであった。花屋さんに行って、好きな蘭の香りを嗅いだだけでは料金は請求されないでしょ? というのが、内心の言い訳である。でも確か落語に、鰻屋さんの前で臭いをおかずに白飯だけ食っていた男が、その鰻屋の主人に見咎められて臭い代を請求されるなんてのがあった。でも、世の中上には上がいるもので、なんとその男、懐から銭入れを取り出すと、手の中でチャリーンと銭の音をさせた。そして言った台詞が奮っている。
「今の音が臭いの代金でやす」

いつものように、枕に時間をかけるのがわたしの欠点である。
日露の戦争大勝~利、という歌を子供の頃に聞いた覚えがあるが、立ち読みした漫画でも我が日本の誇る連合艦隊バルチック艦隊を全滅させる場面には、やはり少年のように興奮を覚えた。

日露戦争を知るなら、司馬遼太郎の「坂の上の雲」を読むのが一番面白くて手っ取り早いという考えもあろうが、この漫画は日本海海戦をダイジェストしたもので、漫画とはいえ、史実にほぼ忠実に描かれており、バルチック艦隊とわが連合艦隊の戦艦や巡洋艦、それに水雷艇の数など彼我の戦力の比較などがなされていた。それによると、なんとロシアの戦力はわが国の二倍である。

しかし、いろいろ調べてみると、ロシア側にはやはり大きなハンデがあった。一つはバルチック艦隊は途方もない長旅をしてきたということである。これに加えて、日英同盟がわが国にとって非常に有利に働いている。さらにロシアにとって不運なことには、その旅の途中でイギリスの漁船を日本の水雷艇と勘違いして、乗組員を殺傷するという事件を起こしている。これにより、イギリスの世論は反ロ親日に傾いた。日英同盟に加え、このような出来事があって、ロシアは長旅にも関わらず良質な石炭の補給もままならなかった。容易に推察されるように、水兵の多くは疲弊し厭戦気分が広がっていた。

一方、連合艦隊側は、戦艦の数こそ劣りはすれ、小回りの利く水雷艇巡洋艦の数では優り、さらには新式の火薬(下瀬火薬)や信管の使用など、火力の面でも敵を凌駕していた。
さらに士気も高く指揮統率や戦術面においてもロシアを遥かに上回っていた。

その戦術についてだが、余りにも有名なトーゴーターンがある。これは丁字回頭とも言われ、バルチック艦隊より速度に優る連合艦隊が、敵艦隊と反航すれ違い直前で回頭し、Tの字の形になることである。だが、この戦法は、当時いわば禁じ手であった。非常に危険を伴うものだったからである。しかし、東郷平八郎、そして第一艦隊参謀の秋山真之には、もちろん勝算があった。事前に綿密な計画を立てていたのである。決して無謀な戦法を取ったわけではなかった。
この作戦が日本海海戦を大勝利に導いたことは言を待たないが、勿論この戦術だけで日本が勝ったわけではない。日本には東郷平八郎はじめ秋山真之や佐藤鉄太郎といった力量、人格共に極めて優秀な人材が揃っていた。さらに日英同盟もあり周到な準備もあった。さらに言うなら、乃木将軍の決死の旅順攻略もあった。陸軍と海軍が手を携えて日露戦争に勝利したのである。

この日本海海戦の大勝利に世界中が驚嘆したというが、実は、勝つべくして勝った戦いだったのである。

その東郷平八郎連合艦隊解散時の有名なアドレスがある。

神明は唯平素の鍛練に力め、戦はずして既に勝てる者に勝利の栄冠を授くると同時に、一勝に満足して治平に安ずる者より直に之を褫ふ。 古人曰く勝て兜の緒を締めよと。