未だ終わらぬ菅家さん冤罪事件

2010/09/13 23:00


文芸春秋10月号に未解決事件35という特集があった。わたしは、中でも菅家さんの冤罪事件に関心を持って読んだ。

菅家さんが一度は犯人にされ、17年もの間戦い抜いて終に冤罪を晴らしたこの事件というのは、新旧二つのDNA鑑定が話題になった事件である。今から二十年も前のこの事件で採用された鑑定方法はMCT118法と呼ばれるもので、血液鑑定と合わせて「1000人に1,2人」程度の精度のものだった。ところが、再審で採用されたのはSTR法という数兆人に一人まで特定できる精度のものである。

しかしこの記事で、筆者である日本テレビ社会部記者の清水潔氏が疑問を投げかけているのは、DNA鑑定の精度などといった技術的な問題についてではない。氏は、菅家氏の冤罪がはっきりしたにも関わらず、警察や検察が真犯人の捜査に余り積極的ではないことを指摘している。そして、その理由として、MCT118法が有力な証拠として採用された他の事件にまで影響が及ぶことを恐れているからではないかとまで言及している。つまり、同じMCT118法で下された他の裁判を、やり直す必要が出てくる可能性があり、先にあるのは再審請求の山ということになる。しかも、その中には不可逆の刑まで含まれている。福岡県飯塚市で起きた通称「飯塚事件」である。これは1994年に女児二人を誘拐し殺害したとして福岡県警に逮捕された男(久万三千年)が、犯行を否認したまま08年秋に死刑が執行されたものである。

清水氏の疑いは、検察が事件当時自信たっぷりだったMCT118法を、再鑑定の際に使用することをなぜ避けたがったかという点にある。検察は、再審の際に、「申立人のMCT118法部位のDNA型だけを行う鑑定は、無意味であるばかりか有害であるとすら言えるので実施することは反対である・・・」との意見書まで付けていたのだという。
ところが、当の鑑定人は、再審の法廷で、実はMCT118法も試みたと吐露した。だが結果は明らかにしていない。
一方、弁護側の鑑定人である筑波大学・本田克也教授は、真正面からMCT118法による鑑定を実施した。すると、驚くべき結果が出た。これまで科学警察研究所の鑑定では、犯人のDNA型は「18-30」となっていた。ところが本田鑑定では「18-24」と出たのである。つまり、当時の足利事件のDNA鑑定は「精度が低かった」のではなく、「完全な誤り」だったのである。ところが、検察はこれを認めようとはせず、本田鑑定に対し猛然と反論を始めた。清水氏は、この理由を先に述べたように、過去に遡及してMCT118法で下された裁判の再審請求が起きることを恐れているためと見ているのである。

さらに清水氏は、時効になったとはいえ、この松田真実ちゃん誘拐殺害犯人は、他にも4つの女児誘拐殺害事件の犯人である可能性が高いのにも関わらず、さっさと幕引きを行おうとしているような様子に疑問を提示している。氏は、この菅谷さん事件に長く、そして深く関わりをもってきた記者であり、氏自身はすでに犯人を特定しているのだという。そのうえで、真実ちゃんの着ていた半袖シャツ(これには犯人の体液が付着している)のDNAを再々鑑定すべしと訴えている。これは犯人を特定するという目的のためである。氏は、これまで犯人が誰であるかを複数のルートを通じて当局に提供してきたと述べている。だが、当局はまったく動かない。そして、犯人は今も安穏と北関東でパチンコを打っている。氏は、時効を盾にした、まるで共犯関係のような不正義がいつまで放置されるのか、と怒りを表明しているのである。

そして、この夏、さらに不可解なことが起きた、と氏は指摘する。真相解明の重大な鍵、「半袖シャツ」の行方だ。
菅谷さん無罪確定の後、警察庁と栃木県警は、遺族に対し「もう公訴時効を迎えてしまったので・・・」とはっきりと説明した。
それなら、と遺族が遺品であるシャツの返却を希望すると、裁判所からではなく、検察から回答がきた。それは「赤いスカートなどの遺品はお返ししますが、シャツだけはこのまま預かりたい・・・」。国の施設で冷凍保存したいというのだ。
もはや時効で、使途のないはずの遺品を、返却もせずマイナス80℃の冷凍庫に封じ込めるというのだ。これはいったい何のためなのか。真犯人を名指しできる最大の証拠を、MCT118法と共に、永遠の氷漬けにするつもりなのか。
氏はさらに続ける。
これら全ては司法の水面下での出来事で、決して記者発表されることはないが、紛れもない事実なのだ。
だが、もしも今後、北関東で六番目の幼女被害事件が起きた時、国民に対し、いったいどう弁明するつもりなのだろうか。

以上が記事の内容であるが、実におぞましいとしか言いようのない事件の構図である。無実の人間が17年間も自由を奪われ、心身ともに極限の状態にまで追い込まれた。その一方で真犯人はほぼ特定できているというのに、検察の圧力によってなのか、警察はまったく動こうともしない。その理由というのが、かつてのDNA鑑定方法の瑕疵を明らかにしてしまっては、再審請求の山が出来てしまうからというのだから、これでは死刑廃止論者達を大いに活気付けるだけで、この国の正義は地に落ちてしまったとしか言いようがない。
このような不作為の不正に対しては、わたしたちは声を大にして糾していかなければならないのではないか。わたしは、この記事を読んで強い憤りを覚えた。
わたしは、わたしと同じ怒りを大勢の人に共有してもらいたいと願い、ここに取り上げさせてもらった。