鎮男20

2012/06/03 14:50

 

武藤良也は、ラプラス研究所の取締役技術開発本部長の地位にあり、この会社のNo2であった。しかし、社長である武藤真一氏は、高齢に加え大きな持病を抱えていたため、その実権は良也が握っていた。武藤良也は、もともと物理学者であったが、20年ほど前に研究者としてラプラスに招聘され現在の地位にまで上り詰めた。ただ、残念なことに、その辺の事情については、いくら調べてみても詳らかではなかった。
ラプラス研究所いうんは、最近成長著しいというあの会社のことかいな」
私は、企業人というのが恥ずかしくなるくらい財界、経済界について疎かった。
「この会社の年間売り上げを知っとるか」
「いいや」
トヨタの次やで」
「えっ、それはほんまか。なんでそんなに儲かっとるんや?」
「医療機器や介護支援ロボット、その他の精密機械の開発。それにバイオ関連。病院や学校経営。それに最近では新世代のコンピュータ開発に力を注いどる。今やこのY市は、ラプラス企業城下町や」
「そしたら、MRIなんかも扱っとるんやろうか」
「その通り。ラプラスMRIは、世界シェアー4割を占めとる。ついでに、こうちゃんがMRIを口にした理由も、わいにはよう分かっとるで」
「なんでや」
「いや、実はわいも、今回の事件にはラプラス社製のMRIが深う関わっとるんやないかと睨んどるんや」
「やっぱりそうか」私は、自分の推理がまんざらでもなかったことに満足しながら言った。「そやけど、MRIは、言うたら単なる入力装置やろ。何でそれが洗脳なんかに使えるんやろ」
「おそらく、ラプラス社製ののMRIには、何か特別な仕掛けがあるんや。それも意図的に仕組まれた仕掛けが」
「意図的に仕組まれた……。それをやったんは、明彦やろうか」
「さあ。その辺はまだよう分からん。これから、それを調べにいこ」

鎮男の動きは早かった。いや、彼は、私に会う前からすでに計画を練り上げていたのに違いなかった。彼は、まず私に防衛大臣に連絡を取らせた。
「国を利用するんや。手の内にある駒は何でも利用せな、この戦いにはとても勝てん」
「そやけど、携帯なんか使こうて大丈夫かいな。天網恢恢やないけど、明彦が聞き耳を立てとるんやろ」
「それは一種の賭けや。わいは、明彦がわいらに何かを訴えかけとるという方に賭けたいんや」
私は、大臣から教えられた携帯番号に電話をかけた。すると、いきなりあの朗々とした大臣の声が飛び込んできた。私は、自分が掘った落とし穴に落ちてしまったように驚いて声を上げた。大臣の携帯に電話をしたのだから、石田大臣が出てくるのは当たり前のことだったのに。
「おお。大友さんでしたか。こちらでは、あなたのことでちょっとした騒ぎになっておるようですよ。なんでも、中央高速から忽然と姿を消されておしまいになったとかで……」
電話の向こうで、大臣は大きな声を上げておもしろそうに笑っていた。
「はぁ」私は少し恐縮しながら答えた。「いえ、私一人の力ではとてもああいうことはできません。前にもお話しましたとおり、私には、鎮男と言う頼りになる味方がおりますものですから」
「……」少し妙な間があった。しかし大臣は、再びその朗々とした声で答えた。「なるほど、なるほど。ところで、ご用件の方は、何でしたかな」
「実は、今回の事件を解決する糸口を発見したと、その平鎮男が申しておりまして……」

私は、鎮男と二人で話した内容をそのまま大臣に伝え、武藤良也とコンタクトを取るために力を貸してほしいと頼んだ。
「ほう。驚きましたな。あの大企業にそのような疑いを持たれておるのですか」
私は、ちょっと奇妙な印象を受けた。驚いたとは言っているものの、少しもそういうふうには感じられなかったのだ。ひょっとすると、国の方でもラプラスについて何らかの情報を掴んでいるか、あるいはこちらの言うことを根っから信じていないかのどちらかであろうと思われた。
「そういうことでしたら、こちらとしても座して待つというわけにもいかなくなるが、ここはひとつ、私が大英断を下すとしましょうか。――よろしい、あなた方にすべてを任せます。要は、私がこの話は一切聞かなかったということにすれば良いわけです。ただし、あなた方には自分たちの分を十分に弁えて行動してもらわねばなりませんよ。それともう一つ、経過については逐一私に報告してもらいたい。よろしいですかな」
「分かりました。ありがとうございます」