Jack Daws 3

2013/02/01 11:54


 任務は非常に危険なものだった。6人の男と3人の女がフリックと一緒に訓練課程を終えたが、二年後の今も現役で任務についているのはフリック一人だけである。二人は死亡が確認された――うち一人はミリス?憎悪すべきフランス官憲に撃たれた。もう一人はパラシュートが開かずに死んだ。残りの6人はドイツの刑務所に入ったまま消息が不明である。フリックが生き残れたのは彼女が非情であったからであり、反応が素早く、またパラノイアかと思えるほどに安全に対して用心深かったおかげである。
 彼女は夫のそばに座った。マイケルはコードネームがボーリンジャーというレジスタンス組織のリーダーであり、その組織の命運は彼と共にあった。マイケルは、色も薄く中身も水っぽい戦時中のビールの入った背の高いグラスを持って椅子に深くかけ、その右の足首は左のひざの上において楽にさせている。彼の屈託のない笑顔がソルボンヌ在学中の彼女のハートを射抜いたのだ。そのとき彼女は、モリエールの道徳についての学位論文を書いていたが戦争勃発によりそれは諦めてしまった。彼は髪がもじゃもじゃの若き哲学者で、彼を崇める学生部隊にレクチャーしていた。
 彼は、彼女が知る最もセクシーな男だった。背が高く、着ているものは皺がよったスーツに色あせたブルーのシャツだったが無造作ながらに優雅さを漂わせていた。髪の毛はいつもやや長めだった。その声は女をその気にさせ、その青い目で見つめられるとどの女も自分だけが世界でただ一人の彼の女だと感じた。
 今回のミッションは、彼女に夫と共に数日過ごせるチャンスを与えてくれた。しかし、それは必ずしも幸福なひとときとはいえなかった。互いに心そこにあらずという風でよそよそしく、彼の言動には心がこもっていなかった。彼女はいたく傷ついた。本能的にほかに女がいることを悟った。彼は35歳だったが、その一見ルーズな魅力はいまだ若い女たちをひきつけた。それは結婚後もなんら変わらず、戦争のせいで二人一緒にいるよりも離れているときの方が多く、それに余りに多くの――彼女は苦々しく思うのだが、積極的なフランス女がレジスタンスの中にも外にもいた。
 彼女はまだ彼を愛していた。ただ、それはこれまでとは違った意味ではあった。彼女は新婚の時のようには彼を崇めてはいなかったし、彼女の人生を彼の喜びのために尽くそうとも思わなかった。ロマンスの朝霧はすでに晴れ上がり、日の光の中ではもはや彼は虚飾に満ち、自分のことだけに夢中で、あてにならなかった。しかし、ひとたび彼の関心が彼女に注がれると、彼女は自分を彼の唯一の女と感じられたし、自分の美しさも大事にされているとも感じられるのだった。
 彼の魅力は男たちをもひきつけた。彼は優れたリーダーであり、勇敢でカリスマを持っていた。彼とフリックは一緒に戦闘計画を練った。それは、敵の防御を分断するために2箇所からシャトーを攻撃し、城の中で一つの兵力に再編すると地下に突入し、目当ての装置のある部屋を見つけ出し爆破するというものだった。
 彼らは、城の清掃を毎夕行っている現地婦人グループのチーフであるアントニエット・デュパートからシャトーの平面図を入手していた。彼女はマイケルの叔母だった。清掃は19時から始まる。晩祷の時刻と同じであった。さらにフリックは彼女たちが城の番兵に特別なパスを見せて鉄扉の門を通るのを知った。アントニエットは城の地下へのエントランスをスケッチしたが、それには極秘のエリアとかドイツ人専用スペース、兵隊によって清掃されている場所などのディテールに欠けていた。