超訳 荒野の呼び声4

2015/09/27 16:12


おりにつけ見知らぬ男たちがやってきては、皆一様に興奮した面持ちで赤いセーターの男とそれぞれ独特の言葉巧みな値切り交渉をしていった。そして両者の間で金のやり取りがあると、これらの男たちは一頭、あるいはそれ以上の犬を引き連れて帰って行った。その犬たちが二度と帰ってくることがなかったので、バックは、彼らがいったいどこへ行ってしまったのか不思議でならなかった。降りかかる災厄についての不安が次第に強まっていたので、彼らが連れて行かれるたびに、バックは自分が選ばれなかったことに感謝した。

しかし、とうとう彼にもその時がやってきた。彼を手に入れたのは、バックには理解不能の奇妙で粗野な言葉を吐き出す男だった。
「すんばらしい」と男は、バックを目にするなり叫び声を上げた。「そいつはまるで牛みてぇじゃねぇか! ええ? いったいいくらだ?」

「三百ドルだが、そっちの犬もおまけで付けるぜ」と赤いセーターの男が即答した。「どうせ金はおまえさんのものじゃなくて政府のものだろうし、おまえさんがびた一文損をすることはないはずだ。なぁ、ペラールトさんよ?」

ペラールトはにやっと笑ってみせた。最近の犬の価格が思いがけない需要で天井知らずであることを考えれば、この値段は法外とはいえない。それにカナダ政府もばかではないから、ここで値を踏んで郵便物の配送が遅れることは望まないであろう。くわえてペラールトは犬をよく知っていたので、バックを一目見たときから彼が千に一つの掘り出し物であることを見抜いていた。「いや、もしかしたら、こいつは万に一つの逸材かも知れない」と彼は心の中で呟いた。

バックは二人の間で金が行き交うのを見ていたので、カーリーという名のおとなしいニューファンドランド犬と一緒に自分が鼬男に引きとられても驚かなかった。いずれにせよそれが、バックが赤いセーターの男を見た最後であり、カーリーと一緒にナールワールという船に乗せられ、そのデッキの上から次第に遠ざかっていくシアトルに、そして温暖な南の地に決別を告げた最後の日であった。

カーリーとバックはペラールトに船の下まで連れられて行って、そこでフランソワという名の顔の黒い大男に会った。ペラールトは色黒のフランス系カナダ人であったが、フランソワはフランス系カナダ人との混血でペラールトの倍色が黒かった。彼らはバックにとって新たなる人種(これについては、バックはさらに多くの種に会うべく運命づけられていた)であったが、彼には彼らに親近感を抱くつもりは初めからなかったし、また彼らを素直に尊敬しようという気も毛頭なかった。ただ彼は、ペラールトとフランソワが公正であり、正義を行うという点において冷静かつ公平であり、犬たちに容易く騙されるような男たちでないことはすぐに見抜いた。

二階建てデッキのナールワールの中で、バックとカーリーは他の二匹の犬と一緒になった。一匹は、雪のように白いスピッツバーグから来た大きな犬で、捕鯨船の船長に連れてこられ、後に地形調査隊と共に北米の不毛の土地に送られていたのだ。この犬は、一見フレンドリーであったが、その実はひどく陰険で、笑顔を見せながら、バックの目の前で彼の初めての食事を奪った。バックは目にもの見せてやろうと跳びかかったが、それよりも速くフランソワの鞭が宙で唸りを上げ、この不届き者を打擲したのだが、結果としてバックには骨しか残らなかった。バックはフランソワ式の公正さというものを理解し、一方この混血はバックへの評価を高めた。

もう一頭の犬は、活動的でもなく、そうかといって消極的というのでもなかった。それに新入りから食い物を盗んだりするタイプでもなかった。彼は陰気で気難しく、人懐っこいカーリーに対しても俺を放っておいてくれと言わんばかりの態度、というよりも、それ以上俺に関わると痛い目に会わせるぞという態度をとった。彼はデイブと呼ばれていて、ただ寝ては食い、ときおり欠伸をしてみせたりしたが、驚いたことには、ナールワールがクィーンシャーロッテ海峡を通過するときに大きな横揺れを起こしたり、まるで悪霊に憑かれた者のように前後に大きく、あるいはロデオ乗りのように上下に大きく揺さぶられているときでさえなんら動揺を示さなかった。そればかりか、バックとカーリーが不安とそのワイルドさに興奮しているのを見ると、この犬は半ば頭をもたげてみせたが、それは好奇心からではなく二頭にいらついたからであり、お気の毒にというような一瞥をくれると、大きな欠伸をして再び眠りに落ちていった。

日に夜をついで船はスクリューの間断のない音をたてて進み、変わりばえのしない日々が繰り返されていったが、バックは気候が日増しに寒冷へと強まっていっていることを敏感に感じとっていた。
そしてある朝、ついにスクリューの音が止み、ナールワールは興奮の真っただ中に身を曝された。バックは、他の犬と同様にそのことを、今、大きな変化が自分に起きようとしていることを感じ取っていた。フランソワが犬たちに綱を付けるとデッキへ連れて上がった。その最初の一歩で、バックの足は冷たくて白い泥のようなものの中に沈み込んだ。彼は驚きの声を上げて跳び退った。この白いものは、次から次へ宙から舞い降りてきている。彼はそれが不思議で臭いを嗅いでみたり舌の先で舐めてみたりした。それは少しばかり火のようでもあったが、次の瞬間には消えてなくなってしまった。これが彼には不思議でたまらなかった。彼はもう一度舐めてみたが、結果は同じであった。やじ馬たちが大声を上げて笑ったので、バックは恥ずかしかったが、それは彼にとって生まれて初めての雪だったのである。