超訳 荒野の呼び声 16

2015/10/18 20:29

第四章

リーダーシップを勝ち得しもの

「えぇ? どうだい、俺の言ったとおりだっぺ? 俺があのバックが悪魔二匹分だといったのはほんとのことだったっぺ」これが翌朝フランソワがスピッツがいなくなりバックが傷だらけで現れたのを見て言った文句だった。彼はバックを火のそばまで引き連れていくと、その明かりで傷を調べた。

「あのスピッツの野郎、徹底的にやりやがった」とペラールトが口を開けた傷や切り傷を見て言った。

「そして、このバックの奴もそれ以上に徹底的にやったわけだ」がフランソワの応えだった。「まぁ、そのおかげで俺たちは当分楽ができるってもんだ。スピッツがいなくなりゃもうトラブルも起きねぇよ、ぜっていによぉ」

ペラールトがキャンプの道具を片付けて橇に乗せているうちに、橇使いは犬たちのハーネス装着にかかりはじめた。そのとき、バックがそれまでスピッツが占めていたリーダー犬の位置まですーと駆け寄っていった。しかしフランソワはその意図に気が付かず、ソルレックスをその誰もが欲しがる位置へ連れて行こうとした。彼の判断では、ソルレックスが残りの犬たちの中では最もリーダー犬に相応しいと思われたのだ。バックは憤然とソルレックスに飛びかかって彼を押しやり、また元の場所を占めてしまった。

「えっ? えぇ?」フランソワは楽しそうに膝を叩いて叫び声を上げた。「バックの奴を見てみなよ。こいつは、スピッツを倒したのは自分だから、そこは俺の場所だってよ」

「こら、そこをどけ、こんちきしょうめ!」彼はそう叫んだが、バックは一歩も動こうとはしない。

彼はバックが威嚇の唸り声を上げるのも構わずその襟首を掴むと引き摺って横に持っていき、代わりにソルレックスを置いた。しかし老犬はそれが有り難たいどころかバックを怖がって遠慮する素振りをみせた。フランソワも頑迷だったが、その彼が背中を見せたとたんにバックはその気のないソルレックスとまた入れ替わってしまった。

フランソワは怒り心頭に達した。「こんちきしょーめが。今すぐおめぇの性根を叩きのめしてやる」と叫ぶと、彼は頑丈な棍棒を手に戻ってきた。

バックは赤いシャツの男を思い出し、ゆっくりと後ろに下がった。そして再びソルレックスが前に連れてこられても攻撃しようとはしなかった。しかし、こん棒の届かない範囲で輪を描きながら唸り声を上げ不満と怒りを露わにした。そして彼は、もしもフランソワが棍棒を振りおろした場合にはすぐに避けられるようそれから目を離さなかった。バックは棍棒についてはもう十分に知恵を付けていたのである。橇使いは、すぐにでも仕事にかからねばならなかったので、バックの名を呼んでデイブの前の彼の定位置へ来るよう促した。するとバックは二三歩後ずさった。それでフランソワが追いかけたが、バックもまた後ずさった。これを何度も繰り返した後、バックが棍棒で殴られることを恐れているものとフランソワは考え棍棒を投げ捨てた。これによってバックの反抗の意味が明らかになった。彼はただ棍棒から逃げていたのではなく、リーダーシップを求めていたのだ。彼にとってそれは自ら獲得した権利だったのである。勝ち取ったものである以上、それ以下の地位に甘んじることは決してできなかった。

ペラールトがフランソワに手を貸した。フランソワとバックは、もうかれこれ一時間も時間を無駄にしている。彼らは棍棒をバックに向かって投げ捨てた。彼はそれをよけた。二人の男はバック自身や彼の父親、それに母親を目の前で罵り、彼のこれからの子孫や彼の毛、血管を流れる血までを罵った。一方バックは、それに対して唸り声で応じ、彼らから一定の距離を保ち続けた。彼は決して逃げ出しはしなかったが、キャンプの中をあちこち円を描いて回り、自分の望みどおりにならない限り決してそこにはいかないし良い子にもならないぞという意思を示し続けたのである。

フランソワはその場に座り込んで髪の毛を掻き毟った。ペラールトは時計を見て毒づいた。時はどんどん過ぎてゆく。彼らはもう一時間も無駄にしてしまっていた。フランソワがまた髪を掻き毟った。彼がその頭を振って気恥ずかし気な笑いを郵便配達に向けると、ペラールトは肩を窄めて自分たちの負けを認めた。それでフランソワは、ソルレックスのところまで行くとバックを呼んだ。バックは犬特有の笑いを浮かべたが、依然として距離を保ったままだった。フランソワはソルレックスを引き紐から外すと、彼の本来の位置に戻した。これでチームはいつでも出発できる体制となった。あとはバックの位置として先頭が残るのみだ。もう一度フランソワはバックを呼んだが、バックは再び笑いはしたものの距離を縮めようとはしない。

「その棍棒を捨てるんだ」とペラールトが指示を飛ばす。

それに応えてフランソワが棍棒を捨てると、バックは勝ち誇ったかのように笑ってリーダーの位置まで来ると身体を揺さぶるようにして待った。彼の引き紐が締められ、橇がランナーの氷を割って進み始めると二人の男たちも走って、彼らは氷結した河の上を飛ぶように進んだ。

犬使いのフランソワは先にバックが悪魔二つと高く評価したが、まだ日が高いうちにその評価を変えなければならなくなった。彼はまだバックを過小評価していたのである。バックは目的地へと向かう中でリーダーとしての素質を遺憾なく発揮した。リーダー犬としての判断、素早い思考、素早い行動が求められる場面で、彼はフランソワが比肩すべき犬がないとまで買っていたスピッツ以上に優れていることを示したのである。

バックが優れていたのは、犬たちに法を与えそれを厳格に守らせるという点であった。デイブとソルレックスは、もともとリーダーが誰であろうと関心をもたなかった。彼らの関心事は橇を力一杯引くこと、それだけだったのである。それさえ邪魔されなければ、その余のことに関心はなかった。性格の穏やかなビリーは、皆が引く限り同じように橇を引いた。残りの犬たちがスピッツがリーダーだったころの悪弊に陥ってしまっていたのだが、彼らが驚いたのは、彼がその犬たちを見事に矯正してしまったことである。

パイクはバックの真後ろを走っていたのだが、自分の体重以上のものを引っ張る気はないらしかった。バックはすぐにこれに気が付き、何度も繰り返し注意してその怠け癖を改めさせた。それ以来、彼は生涯で初めてしっかりと橇を引くようになった。その最初の夜、反抗的なジョーが、スピッツがやりたくともできなかった懲罰を繰り返し受けた。バックはただ自分の体重で彼を圧さえつけて、彼が噛みつくのを止めて許しを乞う泣き声を上げるまで牙の洗礼を浴びせたのである。

チームの状態は一気に良くなった。かつてのように一丸となって、彼らは恰も一頭の犬のごとくに橇を引き始めた。リンクラピッズでティークとクーナという二頭のハスキーが新たに加えられたが、バックは瞬く間に彼らを仕込んでしまった。

「バックのような犬は今まで見たことがねぇ」とフランソワが叫び声を上げた。「あの犬の価値は千ドルを下らねぇぜ、絶対によぉ! ええっ、ペラールト、お前さんはどう思う?」

ペラールトは頷いた。彼は今、記録の更新中で、それは日に日に伸びていた。旅は最高の条件下にあって、雪は固くよく締まっており、これから先新たな降雪に悩まされることもなさそうだった。厳しいほどの寒さでもなかった。気温は華氏マイナス五十度(セ氏マイナス十度)で、旅の間ずっとそのくらいにとどまり続けている。二人の男は、交代で走ったり橇に乗ったりし、犬たちはたまの休憩を挟んで飛ぶように走り続けている。