超訳 荒野の呼び声 12

2015/10/12 22:16

それ以来二頭の間に冷戦がはじまった。スピッツにはリーダーとしての、またチーム一番の経験者としての立場をこの南の地生まれにしては変った犬に脅かされているという思いがあった。何が変かといって、南の地生まれの犬というのは、スピッツが知る限りでは、キャンプでも橇を引いているときでもみなへたれだったからである。彼らはみな軟弱で橇引きの重労働に耐えられず、あるいは凍てつくような寒さや飢えに耐えられずに死んでいった。ところがこのバックだけは違っていた。この犬だけは持ちこたえているばかりか楽しそうにしている。この犬は、ハスキーに負けぬ力強さと凶暴さ、それに狡猾さを兼ね備えていた。これは、取りも直さず彼が指導者に成るだけの力を持っているということであった。しかし、それ以上にスピッツが恐れていたのは、バックにはあの赤いセーターの男の棍棒で叩きこまれたおかげで無闇な蛮勇や向こう見ずを避ける分別が身についていたことである。バックはず抜けて狡猾であり、「そのとき」が訪れるまでじっと耐えて待つことができた。つまり原始的な本能に優るものを持っていたのである。

リーダーシップを巡る争いはいよいよ避けられぬものになってきていた。バックもまたそれを望んでいた。彼がそれを望むのは、それが彼の本性だったからであり、その本性というのは、名の付けようもない、また理解も不能な、ただ綱を引いて橇を走らせることへのプライドであり、このプライドゆえに最後の息が続くまで彼らは橇を引くのである。またそれは、犬たちにとってハーネスを着けたまま死ぬなら本望と思わせるほど魅力的なものであり、もしも途中でそれを外されでもした場合には、たちまち彼らの心臓を悲憤の余りに引き裂いてしまうほどのものだったのである。このプライドこそが橇引き犬としてのデイブのプライドであり、またソルレックスが全身の力を込めて橇を引くのもこのためであった。このプライドは、キャンプを出たときからこの二頭を占領し、彼らを近寄りがたいむっつりした野獣から神経のゆきとどいたやる気たっぷりで意志強固な生き物に変容させるものだったのである。またこのプライドは、犬たちを一日中、暗くなってキャンプに着くまで、そして陰鬱で心身ともに休まることもなければ満ち足りることもない眠りへと落ちるまで鼓舞し続けるものなのであった。このプライドはまた、スピッツをいきりたたせ、橇引きの最中にへまをしでかしたり無責任な行動をとったりした犬たちや、あるいは出発時刻になっても隠れて出てこない犬に対して鋭い牙の一撃をくわえさせるものであった。スピッツがバックを恐れるのはこのプライド故であり、それは彼がバックのリーダー犬としての素質を認めている証でもあった。そして、バックも同様にこのプライドを持っていたのである。