超訳 荒野の呼び声 19

2015/10/31 18:02

第五章

悪戦苦闘の日々

ドーソンを出立して三十日目、バックとその仲間の犬たちで引く橇を先頭にソルトウォーターメイル経由でスカグウェイに着いた。彼らは皆襤褸布のように疲れ切っていた。バックの百四十ポンドあった体重は百十五ポンドまで減り、仲間の彼より軽い犬たちも相対的にそれ以上に体重を減らしていた。仮病使いのパイクは、これまで上手にびっこを引いていたが、今回は本当にびっこを引いた。ソルレックスもびっこを引き、ダブは肩甲骨をやられてしまった。

また彼らは皆ひどく足を痛めていた。もはやバネもなければ反射作用もなかった。そのために橇引きの最中、酷く躓いたり、身体全体をきしませ毎日の疲労を倍加させたりした。疲労困憊がすべての元凶だった。数時間で回復するような疲労であれば、それを疲労困憊とは言わない。しかし、彼らは何か月にも及ぶ橇引き仕事に全精力を吸い取られ、疲労の極みにいて、そのためにペースを落とし、旅を長引かせているのであった。
彼らにもはや回復の力はなく、呼び起こそうにもどこにも力が残っていなかった。すべて、最後の一滴まで使い果たされていたのである。全筋肉が、全繊維が、全細胞が疲れ果てて困憊を極めていた。それにはもちろん原因があった。少なくとも五か月間に彼らは二千五百マイル(四千キロメートル)走り、そのうち最後の千八百マイルはたったの五日間の休息しか与えられなかった。スカグウェイに着いたとき、彼らは明らかに限界であった。やっとの思いで引き紐が弛まないようにしているだけで、下り坂では橇の滑るままに任せていた。

「ほら走れ、足が痛ぇのはよおく分かるがよぉ」と橇遣いが、スカグウェイの大通りを犬たちがよろよろと走っているときに元気づけようと声を掛けた。「こんでさいごだからよぉ。そんで走り終わったら思いっきり休むがいいべよ。ああ?まちげぇなく思いっきり休めるぜ」

橇使いたちは長期休暇を確信していた。彼ら自身も二日間のみの休息で千二百マイルを走破したのである。当然に、そして常識的判断から、彼らにもしばしの休息が与えられて然るべきであった。しかし、余りにも多くの男たちがクロンダイクへなだれ込み、そして余りに多くの恋人や妻や子供たちが彼ら宛に書いた手紙がアルプスの山ほど高く溜まっていた。それに、政府からの指示でハドソンベイ社の犬たちが、くたびれて役に立たなくなったバックたちの代わりに橇を引くべく待機していた。役立たずはお払い箱というわけである。それで、少しでも金になりそうな犬であれば売りに出された。

そうして三日が過ぎた。この三日間でバックと仲間の犬たちは自分たちが如何に疲労困憊して弱くなっているかを思い知らされた。四日目、そんな状態の彼らのところに合衆国出身の男が二人現れ、鼻歌まじりに彼らとハーネスなど一式を買ったのである。二人は、互いをハルとチャールズと呼び合っていた。チャールズは中年の色白男で、潤んだ弱々しい眼をしており、だらりと垂れ下がった唇を隠すかのように、端がピンと元気よく跳ね上がった口ひげを生やしていた。ハルは十九か二十歳くらいの若者で、コルトのレボルバー式拳銃とハンティングナイフを銃弾が一杯差し込まれたガンベルトに着けていた。このベルトが彼を目立たせ、未熟者であることをきわめて雄弁に語っていた。二人はいかにも場違いで、なぜ彼らがこんな北の地を冒険しなければならないのかはミステリーであり理解の度を越えていた。

バックは、彼らが交渉するのを聞き、金が男と政府の代理人との間を渡るのを見て、スコットランド系と他の橇引きの男たちがペラールトやフランソワ、そしてその前に彼の人生を過ぎていった者たちと同じように、再び彼の人生を過ぎていくのだということを察知した。バックは、仲間たちとともに新しい所有者たちのキャンプに連れていかれたとき、そのだらしなさを目の当たりにした。テントは半ば垂れ下がり、食器類は洗われないままで、なにもかもが乱れていたのである。また、彼は男たちがメルセデスと呼ぶ女を見た。彼女はチャールズの妻であり、またハルの姉であった。素晴らしき家族揃ってのパーティだった。

バックは彼らがテントを折りたたんで橇に乗せる様子を仔細に観察した。それは労力ばかりを要する効率の悪いやり方であった。テントは不器用に丸められ通常の三倍もかさばった。錫性の食器も洗わぬままに詰められた。メルセデスは絶えず男たちの間を行き来し反対の意を表したり忠告したりで出しゃばり続けた。彼らが衣類を詰め込んだ袋を橇の前に乗せると、彼女は後ろにすべきだと言うので、男たちはそれを後ろに乗せ、その上に他の荷物を二つ三つ乗せたが、彼女はそのときまだ読み終えていない書籍をいくつか見つけたので、それを積むためには今乗せたばかりの荷物を再び降ろさねばならなくなった。

近くのテントにいた三人の男たちが出てきてその様子を見ていたのだが、にやにやしながら互いにウィンクしてみせた。

「あんた方、もう少し荷を軽くした方がいいんじゃねぇかい」と一人が口に出した。「あんた方がどうしようと俺には関係のねぇこったが、俺ならそのテントは持って行かねぇな」

「寝ぼけたことを言わないでちょうだい」とメルセデスが両腕を投げ出すようにして不満の意を表し叫んだ。「一体どんな世界にテントなしで過ごせる場所があるというの」

「もう春だしよぉ。もう寒いなんてこたぁねぇわさ」とその男は応えた。

彼女は頭を振って異を唱え、チャールズとハルはそれに同意するように雑多な荷物を山のような荷の上に載せた。

「そんなんで橇の方は大丈夫かね」と男が尋ねる。

「なんでだい」とチャールズが逆に短く問い返した。

「いや、なんでもない、なんでもない」と男は、慌ててなだめるように言った。「俺はちょっと、重心が高すぎるように思ったんでね」

チャールズは背中を向けると、ロープの束を引き出して下の方に置き直したが、それがせいぜい彼のやれることだった。

「それに、その犬たちだが、そのおかしな道具を引いて一日中走らねばならねぇわけだ」と二人目の男が確認するように言った。

「その通り」とハルがジーポールを片手に、もう一方の手では鞭を振りながら、凍り付きそうになるほど丁寧な口調で応えると、「進め」と彼は叫んだ。「ほら走るんだ」

犬たちは胸当てに力を込めて走り出したが、それもわずかの間だけで、すぐに力が萎えてしまった。もう彼らには橇を引くだけの力がなかったのである。

「この横着な犬畜生めが。思い知らせてやる」とハルは叫ぶと、鞭を取り出して打とうとした。

しかしメルセデスが泣きながらそれを止めさせた。「ああ、ハル、そんなことをしちゃだめよ」と言いながら彼女はハルの手から鞭をもぎ取った。「おお、可哀そうに! ねぇ、もう二度と犬たちに酷いことをしないと約束して。でないと、わたしはここを一歩も動かないから」

「姉さんは犬についてはよくご存じだからなぁ」と弟は嘲った。「ついでに言っておくが、俺に構わないでくれないか。あいつらはみんな怠け者なんだ。鞭でも打たなきゃ何もやりゃしないんだ。それが犬というものなんだ。誰にでも聞いてみりゃいい。そこにいる男たちに聞いてみな」

メルセデスは男たちを哀願の眼で見た。口には出さなくとも反感の情がその美しい顔に現れていた。

「あいつらは水で割りすぎた酒みてぇに弱くなっちまってるんだよ。本当のことを言わせてもらえばな」と答えが男の一人から返ってきた。「くたくたにくたびれちまってるんだ。休ませてやらなきゃだめだ」

「休ませるなんぞできねぇよ」とハルが髭のない口で言う。そしてメルセデスが「おお!なんて可哀そうに」と返す。

しかし彼女は家長的な存在であり、すぐに弟の弁護に回った。「あんな他人のことは無視していいのよ」と彼女は棘のある言い方をした。「あんたはわたしたちの犬を走らせる役なんだから、あんたが良いと思うことをやればいいのよ」