奔訳 白牙29

2017/03/06 20:07

実際、灰色の仔にはまだ思考力が与えられておらず、少なくとも人間が考えるようには考えるということができなかった。彼の脳はぼんやりとしていたのである。しかし、彼の下す結論には人が到達する結論よりも鋭くまた深いものがあった。彼は、疑問を抱いたり何故と問うたり、あるいは何のためにと考えたりせず、ただものごとをあるがままに受け入れるという方法をとったのだ。換言するならこれは、ものごとを分けて考えるということであった。彼は、なぜこんなことになったのか、などとは思わなかった。それがどのように起こったかで十分だったのである。それで、何度か奥の壁に鼻面をぶつけて、彼は壁を通り抜けることができないということを受け入れた。同様に彼は、父親が壁の向こうに姿を消してしまうということを受け入れた。しかし彼は、なぜ自分と父親とが違うのか見つけてやろうとは少しも思わなかった。論理とか物理といったことは彼の精神構造になかったのである。

多くの生き物と同じように、彼もまた飢餓を経験した。とうとう肉ばかりか、母親の胸から乳が出なくなるという日がやってきた。最初のうち仔狼たちはクンクン泣いたり声を上げて泣いたが、ほとんどを寝て過ごすようになった。しかしそれはまだ、飢えによる昏睡ではなかった。もはやいがみ合いも喧嘩も、小さな怒りも唸り声も上がらず、白い壁に向かっての冒険も一斉に止んでしまった。仔狼たちは眠り続け、彼らの中で命の火はちらつき、そして消えていった。

片目は必死だった。彼は狩りの範囲を広げ、歓迎の声の上がらぬ惨めな洞窟の前で寝る時間が少なくなった。これは雌狼も同じで、彼女も巣を離れ肉を求めて外に出るようになった。仔狼たちが生まれた最初のころ、片目はインディアンキャンプに戻ってウサギを罠から盗んだが、雪解けが始まり川に流れが戻ってくるようになると、インディアンたちはそこを離れてしまって、ウサギも手に入らなくなってしまった。

灰色の仔が再び命を取り戻し、白い壁への関心も取り戻したとき、彼は、自分を取り巻く世界の人口が減少していることに気がついた。妹のひとりが生き残るのみだったのである。残りはみな逝ってしまっていた。体力が回復するに連れ、彼は、妹が頭さえ起こせない状態で、自分ひとりで遊ばねばならないことを知った。彼の小さな身体は肉が手に入るようになって丸みを帯びてきたが、妹の分までは回らなかったのである。彼女はずっと眠り続け、小さな骸骨に皮を張った提灯のような身体の中で火は小さく小さくちらつき、そして消えた。