奔訳 白牙27

2017/03/04 00:17

第三章 灰色の仔

彼は兄弟姉妹たちと違っていた。彼らの毛には既に雌狼から受け継いだ赤味が現れていたが、彼だけは特別に父親のそれを受け継いだようであった。彼だけが一腹の仔たちの中でただひとり灰色だったのである。彼は純粋な狼の血を、つまり肉体的に片目の血を継いでいたのだが、ただ一つ違いがあるとすれば、それは父親が隻眼だったのに対し、彼には二つ目が備わっているということであった。

この灰色の仔は、長い間ずっと目が開かないままであったが、すでにはっきりとものをみることができた。目が閉じたままの内に、感じ、味わい、そして嗅いだ。彼はふたりの兄弟とふたりの姉妹のことを良く知っていた。彼らとぎこちなく遊び、あるいは諍いあったが、そんなときその小さな喉はおかしな擦れるような音(唸り声の先駆け)を発し、彼自身それに陶酔した。彼は、目が開くずっと前から、肌で、舌で、そして匂いで母親を、暖かさと粥状の食べ物と柔らかさの源を理解した。母とは、彼の柔らかで小さなからだを慰め、自然とその胸にまとわりつかせ、そして心地よい眠りへと落とす舌の持ち主なのであった。

生まれて最初の一月ほどはほとんど眠ったままであったが、今彼は目が開いてものがよく見えるようになり、活動する時間も長くなり、自分の世界というものをよく知るようになった。彼の世界は陰気そのものであったが、彼自身は他の世界を知らなかったので、陰気さを感じていたわけではない。そこはいつも薄暗かったが、かと言って彼の眼に何か焦点を合わせるべきものもなかった。彼の世界は本当に小さかったのである。その果ては巣の壁であったが、彼がその外の広大な世界を知る由もなく、自身の存在の無力さを感じることもなかった。

しかし彼は、世界の壁の一つが他と違っていることを発見していた。それは洞窟の入り口であり、光の源であった。彼は、それが他の壁と違っていることをずっと以前から、彼の中にもの心が、つまり自意識が芽生える前から知っていた。それは、目が開く以前から抑えようがないほど彼を惹きつけた。その光は、彼の瞼を突き抜けて両眼と視神経を脈動させ、閃光や温かな不思議な快さをもたらした。彼の身体に宿る命が、身体のすべての細胞が、身体中の命を形成するすべての物質が、彼の意思とは別に、植物の複雑な化学反応が光合成のために太陽を求めるようにこの光に向かわせるのだった。

生まれて間もないころから、自意識が芽生える前から、常に彼は洞窟の入口を目指して這った。この点では、彼の兄弟姉妹も同じであった。この時期、誰も暗い洞窟の奥に向かって這おうとする者はいなかったのである。光は、あたかも彼らが植物であるかのように惹きつけたが、それは命という名の化学反応が生存に欠くべからざるものとして光を欲求していたからであり、彼らの小さな操り人形に過ぎない身体は手探りに、そして化学的に蔓草のようにそれを求めて這うのである。それから少し経って各自の個性が伸び個々の衝動や欲望といった自意識が育ってくると、彼らは一層光に惹きつけられるようになった。彼らはいつもそれに向かって這い、あるいは身体を伸ばそうとしたが、いつも母親によって押し戻された。