奔訳 白牙34

2017/03/20 13:09


しかし斜面は段々と緩やかになってゆき、草がその表面を覆うようになった。そして勢いが止まった。転がり落ちるのが止んだとき、彼は痛さから叫びを上げ、それから長い泣き声を上げ続けた。そして、ごく当然に、これまで人生で千回も排泄をしてきたときのように、自分の身体を覆う乾いた泥を舐めて落とし始めた。

それから彼は身体を起こすと、火星に初めて降りた人間のように自分自身を凝視した。仔狼は世界を包んでいた壁を打ち破り、彼を掴んでいた未知は彼から離れ、今、痛みからも解放された。ただ、火星に降り立った人間は彼ほどには馴染みのないものと遭遇しなかったであろう。何ら先例となる知識もなく、これにはこのような危険があるという警告も持たずに、彼は全く新しい世界の探求に乗り出そうとしていた。

今、未知の恐ろしいものは彼を離れ、その未知が恐怖であったことも忘れていた。彼はただ、周りにあるあらゆるものに対する好奇心で一杯だったのである。彼は下に生える苔苺の草を調べ、樹々の間の開けた空間の端に立つ松の枯れた幹を調べた。一匹の栗鼠がその幹の周りを回って彼と鉢合わせしたので彼はびっくりしてしまった。彼は腰を抜かせながらも唸り声を上げた。栗鼠はこれにひどく怯えた。そして樹に駆け上がり、安全なところまで登ると激しく脅し返した。

これにより仔狼は勇気を得て、さらには啄木鳥を見て前に進むと自信が湧いてきた。ムースバード(グレイジェイ)が厚かましくも彼の前に躍り出てきたとき 、彼は意気揚々としていたので遊び半分に前足であしらってやった。その結果は嘴による鼻の先への鋭い一撃で、彼はそのために怖気づいて腰を落し泣き声を上げてしまった。その声がムースバードには耳障りに感じられたのか飛び立ってしまった。

しかし仔狼には勉強になった。彼のぼんやりとした未熟な知性は既に無意識のうちに分類を行っていた。この世界には生物と無生物があるということ。それに、彼は生物にこそ注意を注がねばならぬということ。生きていないものは常に同じ場所にあるが、生きているものは動き、それが何をするか分からないということ。彼らが何を期待しているかを知ることは期待できず、故に用心をしなければならないということ。

彼はぎこちなく進んだ。彼は枝やいろいろな物の中を走った。ずっと先にあると思った枝で鼻を打ち、あるいは脇腹を擦られた。地面は全く平らではなかった。そのために彼は初中後躓き足を取られた。また小石や石が石車になり、これによって彼は、無生物とはいっても洞窟の中のように安定したものとは限らず、それに小さな無生物ほど大きなものより落ちたり回ったりしやすいということを知った。このように偶さかの出来事から彼は学んだ。
長い間歩き続け、それによって気分が良くなった。彼は自身を周囲と合わせようとした。彼は自分の筋肉の動きを測ることを学び、その限界を知り、物と物との距離感を測り、自分と物との距離を測った。