零の栄光と凋落

2010/04/11 18:17


文芸春秋の2008年8月号にゼロ戦についてのおもしろい記事が載っていた。「零戦の敗因 海軍悪玉説は誤りだ」と題する、弁護士で戦史研究家の清水政彦氏の論文である。

タイトルには「検証・NHK特集番組」と付いていて、NHKがETVで平成17年8月13日に放送した「零戦ニ欠陥アリ~設計者たちの記録~」に対する検証と反論が主になっている。

清水氏は、NHKのウェブサイトに掲載されていた「零戦の欠陥を無視し、『事実を隠蔽』して有効な対策を怠った海軍の組織的問題であり、零戦の盛衰を通して、『失敗』に真摯に学ばなかった日本の姿を見つめること」が番組の趣旨であり、現代に生きる教訓であるとの言に疑義を挟み、反証されているのである。

これを私なりに纏めてみると、以下のようになる。

NHK側の要点

今年(2007年)零戦の凋落の謎に迫る新たな資料が公開された。そこには、名機とされる零戦に致命的な欠陥があると記されている。「激烈ナル振動」「空中分解事故」・・・これまで明らかにされてこなかった問題の数々です。とし、そこには、技術的問題以外の障害があった。それは、軍部から攻撃性能を第一と考え、人命を顧みない過酷な要求でした。その結果、様々な問題が未解決のまま残された。

しかし、清水氏は、これは「優秀な技術者vs無能で非人道的な海軍」という強い先入観を与えるためのものであるが、事実と相違していると指弾している。

本文には詳細なデータに基づく反論が展開されているが割愛させていただく。

結論から言うなら、清水氏は、NHKの主張は悉く的を外しているばかりか、先入観に基づき国民をミスリードするものであったと述べておられる。

そして、そのもっとも重要な点として、「三菱の戦闘機設計チームは、昭和15年以降は「雷電」の開発と不具合の対処に追われており、零戦の改良についてはその片手間になされた感が強い。
実は、これこそ零戦の凋落という観点からは重要な事実なのである。
零戦が大戦後半に苦戦した最大の要因は、明らかにエンジン馬力の貧弱さにある。強力な大型エンジンを搭載しようにも、当時の三菱の設計チームには零戦の大改造を行う人的、時間的余裕が残っていなかったのだ」とされている。

そして氏は、「確かにこれは問題の多い番組だ。最初から結論ありきの『検証』では、貴重な戦訓から何も学ばないことになってしまう。当時の高級軍人は皆恐ろしく優秀な連中であり、兵学校で学ぶ程度の事柄で不覚をとりはしない。

敢えて彼らの失敗をいうなら、それは作戦や分析が模範解答の域を出なかったことだろう。しかし、「教科書を捨てて現実をみる」ことがいかに難しいかは、この番組の出来栄えを見れば理解できるのではないか? NHKだって、いちおう現代のトップエリートなのに、実戦ではこの有様である」と大変手厳しい批判をされている。

ただ、氏はNHKへのフォローアップも忘れていない。
「ただ、ここでNHKばかり責めても仕方ない。彼らに悪意や特定の意図があったわけではなく、単に飛行機の知識がなく、限られた時間と人手と予算の中で通説を盲信し、安易に視聴者受けする作品を作ったら落とし穴に落ちたというに過ぎない。我々だって、いつ同様の大失敗をやらかすかも知れない。
むしろ筆者としては、こういう論調の番組が視聴者受けするという現実の方が気になる。『とりあえず旧軍を罵倒しておけば高得点』という思考はそろそろ止めにしてはどうだろうか」と結んでおられる。

わたしは、前にVertigoと題してマスコミと風潮の関係について書いたことがある。

上のNHKの例に限らず、マスコミによってある風潮というものが醸し出されるのか、逆にある風潮にマスコミが阿っているだけなのか、どちらが卵で鶏か判然としない場合がある。もしも日本全体がこういったいわば悪循環に陥り、フラットスピンを起こしているとしたらたいへん危険である。

このような状態から抜け出し墜落を防ぐには、清水氏のような冷静かつ科学的な検証が大事であり、新型インフルの例もあるように、わたしたち国民の側にも安易に一時の風潮に流されない注意深さが肝要である。