JDサリンジャー氏を悼む

2010/01/29 22:31

つい先日R・Bパーカー氏の訃報を耳にしたばかりだというのに、昨日はサリンジャー氏が亡くなったことを知った。

ライ麦畑でつかまえて」は若い頃から翻訳でも原書でも繰り返し読んだ。この本が世界的な名作に名を連ねたのには、ホールデン・コールフィールドのユニークな性格も勿論だが、兄思いの妹フィービーの愛らしさにも拠ると思う。

サリンジャーの作品全般に共通して言えることは、純真な子供の視点で大人というものを捉えているということである。おそらくサリンジャー自身が作中の主人公と同じ感性の持ち主であったからであろう。

ライ麦畑でつかまえて」は、おもしろいことにジョン・レノンを射殺したときにチャップマンが携えていたことが知られており、「陰謀のセオリー」の中でメル・ギブソンがそれを話題にするシーンがある。なぜだか、この本は陰謀のキーワードとして使われることが多いのだ。

The Catcher in the Ryeという題名は、ホールデンが「ライ麦畑で会うならば」という詩を勘違いして憶えていたことによるものである。しかし、このタイトルにはホールデンの、というより作者であるサリンジャー自身の感性が滲み出ているように思える。

フィービーに「兄さんには何一つ好きなことがない」と言われたホールデンは彼女に自分がなりたい職業?について話す。それが以下の非常にばかげた文句である。ホールデンは、自分を大人のつもりで小学生のフィービーに話しているのだが、実際にはフィービーの方が大人びて見えるのがおかしい。

「ぼくにはね、ライ麦畑でたくさんの、何千という子供たちが何かのゲームに夢中になって遊んでいるのがほんとうに眼に見えるんだよ。それで、ぼくの役割というのは、そういう子供たちが崖のところから、遊びに夢中になって落っこちないように、つかまえることなんだ。ライ麦畑のつかまえ役がぼくのしごとなんだ」

もしもこの本を原題どおりに訳すなら「ライ麦畑のつかまえ役」となるのであろうが、それはともかく、サリンジャーという作家の特質が上のホールデンの文句に込められている。
世の中には、大人の不潔さを心から憎む人がいる。一種の精神的アレルギー体質なのであろうが偽善や欺瞞というものに非常に敏感な人である。サリンジャーもおそらくそのうちの一人だったのだ。

彼は、いわゆるピーターパン症候群であったのかも知れない。それゆえにあれほどの有名作家であったにもかかわらず、世捨て人のように人目につかないところでひっそりと暮らしていたのではないだろうか。