植物のパワー

2010/10/11 23:33


今、NHKスペシャルを見ている。これは新薬製造をめぐる国際的な問題をクローズアップしたものである。

植物は動物に影響を及ぼす様々な力を持っている。最も基本的なことを言うなら、わたしたち動物にとって不可欠な酸素の殆どは植物によって製造される。
また、当然ながら草食動物にとっては無くてはならない食物でもある。

太古の昔から人は植物の持つ力を半ば本能的に知り、それを有効に利用してきた。番組では5千年前に死んで氷河にとじ込められたとされるミイラ(アイスマン)の持ち物の中から発見されたカンバタケという茸を紹介していた。これは、現在でもその地方(オーストリア辺り)で胃腸薬として用いられているのだという。

そして今、これら太古からの植物薬を製薬会社が競って買い漁っているのだという。例えば、ペラルゴニウム・シライデスという植物は、ドイツで風邪の特効薬として売り上げが急増している。これはヒトの免疫力を増強することによって風邪のウィルスに対抗するというもので、抗生物質のようにウィルスに耐性ができる心配は少ない。
番組では、ドイツの仲買人が南アフリカの原住民の人たちからこの植物を大量に買い漁っているために、当地で繁茂していたペラルゴニウム・シライデスが重大な危機に瀕していると訴えている。

また、南米には竜の血といわれる植物があり、これの赤い樹液から抽出されるクロフェレマーは下痢の薬として現地の人々に知られていた。今、製薬会社はこの植物由来の止瀉薬を製造している。
さらには、これまた植物由来のプロストラチンという成分を使ったアメリカ製のエイズ薬の登場によって、これまで細胞内に避難してどうしても駆逐できなかったエイズウィルスを細胞の外に出させ、他の抗ウィルス剤との相互作用でエイズを完全に治療できるようになるかも知れないという。
ただ、この薬をめぐっては、上のペラルゴニウム・シライデスなどと同様に現地(ペルー)との間にいわゆるバイオパイラシーの問題が生じている。なぜかと言うと、当初このアメリカの製薬会社とペルーとの間には売り上げの15%をペルーに還元するとの契約が結ばれていたのだが、プロストラチンの化学合成が実現したことにより、この契約が無効になり、新たな還元策が必要になってくるからである。

いずれにしても、わたしがこの番組を見て思いを新たにしたことは、如何にも突飛に聞こえるかも知れないが、老子の思想の素晴らしさについてである。
老子は、恰もパラドックス的思想を展開しているようでありながら、実に良く物事の本質を見抜いていた。かのシュバイツアーが老子に敬服していた理由がよく分かる。
老子は文明そのものを、そして現代人の浅はかな知識というものを根本的に否定している。文明など無い方が良いのだという考え方である。
わたしたちは、文明の最先端と言われる最新のコンピュータを使っても風邪薬一つ合成することができない。しかし、太古の昔から、人はある種の植物を煎じて飲めば風邪に効くということを知っていた。植物にはエイズさえ治癒させる効能を持つものさえあるのである。わたしたちがまだ知らないだけで、他にも現代の難病に効く植物が存在するかも知れない。思えば、イリノテカンもタミフルも植物由来の薬である。
やはり、人間は動物の一つに過ぎないのだ。わたしたちは、動くことの出来ない植物に巧妙にコントロールされていることは間違いないと思う。

よって、花束を贈る男というのは頭がいいに違いない。なぜなら植物の持つ力をうまく利用しているのだから。また金木犀の匂いにうっとりするわたしはきっと生まれついての詩人である。コンラート・ローレンツのソロモンの指輪ではないが、植物の無言の囁きに耳を、いや鼻を傾けてやることができるのだから。