丘の上の家

2011/04/12 20:17


家の近くを散策していて、大きな桜の木が何本も花を咲かしている場所があるのに気がついた。なんのことはない、家と目と鼻の先だ。ただ、そこは小高い丘になっていて、たどり着くには何十段もある細い石段を登って行かねばならない。天気が良かったので、思い切って上ってみた。周りは雑草が生い茂っていて、目指す先には春の薄青い空が広がっている。
やっと石段を上り詰めると、そこには別世界が広がっていた。大げさに言えば、そこはシャングリラだった。夢のような世界が広がっていた。大きな歳を経た桜の木が4,5本あって、見事に花を咲かせている。そして、小さな10坪あるかないかの人家が点々と散らばっている。家と家の間を埋めるのは茶色い道と菜の花畑である。みすぼらしい、あばら家といってもいいような平屋の小さな家ばかりだが、小さな庭には連翹が花盛りを迎えていて、そこに住む人たちのことが偲ばれるような気がした。
そんな家々のなかに、ふと気になる家を見つけた。小さな色の褪せた緋鯉が玄関の庇に下げられて元気よく泳いでいるのである。家の前は菜の花畑で、わたしの肩くらいまである杭と錆びた番線で四角く囲われている。玄関と畑との間は人が一人通るほどしかない。緋鯉は泳ぐ、というより勢いよく羽ばたいているようだ。そして、季節外れの風鈴が寂しい音をたてていた。ガラス製のその風鈴は、畑を囲う番線に吊り下げられているのだった。
わたしは、この家のことがすごく気になった。鯉幟と、何か子供のおもちゃらしきものが家の前に泥に塗れてあったからである。
はたして、この家に人は住んでいるのだろうか。鯉幟といい、風鈴といい、とてもそうとは思えなかったが、とても気になった。

夜になって、わたしは再びそこに行ってみた。黄色い半月だった。そこに明かりはなかった。なぜか、打ちひしがれたような気になって帰ってきた。