超訳 荒野の呼び声 2

2015/09/21 14:52


しかし、バーの主人は彼に構わず放っておいてくれた。翌朝、悪党面をした四人の、襤褸を纏ったような粗野な男たちが倉庫の中に入ってきてバックが閉じ込められているコンテナを持ち上げた。新たな虐待者ども、と思い、バックは格子に飛びかからんばかりにして怒りをぶちまけた。すると彼らは笑いながら棒切れで彼を突いた。バックは思わずそれに噛みついてしまってから、それが彼らの思う壺であることに気が付いた。それからは、バックはむっつりと身を伸べたまま、男たちがコンテナを馬車に乗せるのをただ見守った。そうして彼、というよりも彼の入ったコンテナは、次から次へと男たちの手を経て何処かへと運ばれていった。
急行便事務所の事務員の男が彼を引き受けると、彼の入ったコンテナは馬車に乗せて運ばれ、それからたくさんの木箱や郵便物と一緒に汽車ごと蒸気船に乗せられた。さらにそこから鉄道の一時保管所へと移され、最後には急行列車に乗せられたのである。

二日二晩、貨物車はシューシューと蒸気の音を上げて走る機関車に引きずられ、その二日二晩をバックは飲まず食わずで過ごした。バックは、その日初めて目にする急行の郵便配達人たちにその怒りをぶつけて唸りたてたが、彼らはバックをからかうことで返礼をした。バックが怒りに震え、泡を吹きながら格子に突進するのを彼らは指をさして笑い、嘲った。彼らは、唸ってみせたり、猫の鳴き声をしてみせたり、両腕をぱたぱたさせながら鴉のように鳴いてみせたりした。それがまったく馬鹿げたことと承知しつつも、自分のプライドを傷つける許しがたきものであるだけに、バックの怒りはますます抑えがたいものになっていった。空腹はあまり気にならなかった。それよりも癒しがたいのは喉の渇きで、そのために彼の怒りはますます熱を帯びていった。また、酷い仕打ちのために極度に緊張し敏感になった神経が彼に熱病を起こさせ、炎症を起こした喉と舌がそれに油を注いだ。

一つだけ良いことがあったとすれば、それはロープが首から外されたことである。ロープは彼らに圧倒的アドバンテージを与える不公平なものであったが、それが外された今、彼は奴らの目にものを言わせてやることができる。奴らは、新たにロープをかけることはしないだろう。それなら、彼はすべてを解消することができる。この二日二晩というもの、バックは飲まず食わずであった。そして、その二日二晩の拷問の間、彼の中では憤怒が溜まりに溜まって何か悪い病の前兆のように、誰でもよいから最初に目に入った者を襲って噛みつき倒してやろうという思いでいっぱいになっていた。両眼は真っ赤に充血し、彼はすっかり怒れる悪霊に変質してしまっていた。それほどの変わりようであったから、今ミラー判事がここにいたとしても彼がバックであることに気が付かなかったであろう。
そうして、郵便配達人たちがほっと安堵の溜息をついたのは、列車がシアトルに到着したときであった。そこでバックは降ろされたのである。

四人の男が丁重にコンテナを荷馬車から高い壁で囲まれた小さな裏庭に移した。がっしりした身体つきの、首の辺りが大きく弛んだ赤いセーターを着た男が出てきて、運転手の台帳にサインをした。この男こそが次の虐待者だ、とバックは察知し、格子に向かって獰猛な吠え声をたてた。男はにやりと薄ら笑いを浮かべると、斧と長い棒を携えて戻ってきた。

「おまえさん、あいつを今すぐ出してやるつもりかい?」と御者が訊いた。

「ああ」と男は応えると、斧を木製のコンテナを壊すために打ち込んだ。

それを合図に、コンテナを運び込んだ四人の男たちは一斉に散らばり、壁の上の安全な場所に陣取るとショーの見物と決め込んだ。バックは斧で割られた板に突進すると、それに喰らいつき、ものすごい勢いでそれと格闘した。それがどこであろうと、斧が落ちるところにバックは牙を剥き出し唸り声を上げたが、いざ赤いセーターの男が静かにバックを外に追い立てたときには、怒りに駆られながらもバックは用心を怠らず外に出た。