奔訳 白牙

2016/02/06 23:55


奔訳 白牙

原作 ジャックロンドン
翻訳 荒野一狼

 

第一部

第一章 獲物を求めて

暗い唐檜の林が凍った河の両岸で顔を顰めていた。唐檜は最近、強い風により凍り付いた真っ白な皮を剥かれ、互いに身を寄せ合うように傾き、薄れゆく入日の中で不気味に黒く見えた。沈黙が広大な土地全体を支配していた。土地は荒廃し、生き物の影もなく、動く物もなく、寂しく、凍えるほど冷たかったが、そこに悲しさの入る隙はなかった。むしろ、そこには笑いの兆しさえ見えたが、その笑いというのはどんな悲しみよりも恐ろしく、スフィンクスの笑いよりも無慈悲であり、氷のように冷たい、無謬の冷徹さをもっていた。
それは、生きようとする命の徒労、悪あがきを笑う絶対者としての、決して意思の疎通も不能な永遠の智慧であった。それこそが荒野、情け容赦のない、凍てついた心を持つ北地の荒野であった。

しかし、そんな地にさえ、足を踏み入れ冷厳な笑いに歯向かおうとする命があった。凍りついた川床を革紐を引いて下る狼のような犬たちである。彼らの尖った毛は霜に覆われていた。口から吐き出された瞬間に息は宙で凍りつき、前方で白い粉となって全身の毛にまとわりつき結晶化した。革製の帯紐が彼らにはかけられ、それから引き紐が橇へとつながれている。その橇にはランナーがなかった。その代わりに丈夫な樺の樹皮で作った板がしっかりと雪を捉えている。板の前部は渦巻きのように上方に曲げられており、そのために柔らかな雪が波のように押し寄せるのを躱すことができた。