奔訳 白牙16

2016/05/16 22:07

後方の狼たちはこの若い狼と衝突し、彼の後足や横腹に噛みついて不快感をあらわにした。食料の欠乏とそれによる群全体のイラつきが背景にあるとはいえ、つまりは、彼自身が不要なトラブルを招いてしまったわけである。が、若さゆえの未熟は覆うべくもなく、この狼は同じこと過ちを何度も繰り返した。結果はいつも同じで挫折を味わせられるだけであった。

食料が足りていれば、生殖を巡る闘争は即座に終り群は解散してしまうはずであった。しかしこの群は今、自暴自棄の状態である。長きにわたる飢えでやせ細ってしまっていた。走る速度は通常よりも遅い。また、群の最後方では弱い狼たちがびっこを引きながら走っていたが、それは大抵幼いものか齢老いたものたちであった。先頭は最も強いものたちで占められている。しかし全体を見渡せば、皆ほとんど骸骨と言ってよかった。にもかかわらず、彼らの動きは、びっこを引いているものを除けば無駄がなく疲れを知らない。筋ばかりの筋肉は、汲めども尽きせぬエネルギーの泉のようである。鋼のような筋肉の収縮の後に更なる収縮が続き、そしてその後にも、またその後にも同じことが延々と、果てしもなく続いていくのである。

彼らはその日、何マイルも走った。夜もずっと走り続けた。そして気がつけばその翌日も走り続けていた。彼らは凍てついた死の世界の表面をずっと走り続けていたのである。そこには生き物の影さえなかった。ただ彼らだけがこの広大な無機の世界を横切っている。彼らだけが生きており、その生を保持するために、彼らは生きた肉を探して走り捉え貪り喰わねばならないのであった。

彼らは低い分水嶺を越え、この獲物を求めての旅が報われるまでに一ダースもの小さな川を渡らねばならなかった。そしてついに、彼らはヘラジカを見つけた。彼らが初めて目にするほど大きな牡鹿であった。それこそがまさに待ち望んだ肉であり命の綱であり、しかもそれは不思議な火や火の付いた飛翔物で守られているわけではなかった。蹄の蹴りや枝のように広がった角は馴染みのあるものであったし、あとは身に備わった忍耐力で走り続け、風向きに気を遣いながら追い詰めるだけである。闘いはごく短く、しかし激しいものであった。牡鹿は四方を取り巻かれた。彼は、俊敏な蹄の蹴りで狼の腹を引き裂き、あるいは頭蓋骨を蹴り砕いた。また巨大な角で狼たちの中に突進し、彼らを散らばらせた。彼は、四肢で狼たちを踏みつぶし雪の上を転げまわらせた。
しかし、彼の悲劇は既に決められており、雌狼が喉に食いついて激しく引き裂くと彼は倒れて、他の多くの牙が彼の身体のいたるところに噛みつき、彼の闘志も意識もまだ失われないうちから彼を貪り始めた。

十分な食料であった。牡鹿の体重は優に八百ポンドを越えており、四十頭の狼たちの口にそれぞれ二十ポンドずつ入る計算になる。しかし、その食う速度、その食欲の旺盛さは驚くべきもので、ほんの数時間前まで彼らの目の前に立っていた素晴らしい獣は、今はもう骨があちこちに散らばるのみである。