乳と蜂蜜

2010/06/13 14:51


約束の地ではないが、乳と蜂蜜は最も罪のない食べ物だと考えていた時期があった。罪がないというのは、牛もヤギも蜂も殺さないで済むからだ。ただ、殺しはしないけれども、文字通り彼らから搾取するわけだから、これでは泥棒に等しい。

しかし、生物界には共生と言う生き方がある。いや、巨視的に見れば、すべての生物は何らかの共生関係の下に自らの生存を維持していると言っても良い。弱肉強食ですら、この共生という大きな枠組みの中のシステムに過ぎない。
別段、契約書を交すわけではないが、生き物はすべて自然の摂理を良く理解し、お互いにギブとテイクの条件を吟味し妥協点を見出しているのである。

蟻とアリマキ(蟻牧、英語ではant-cow)などは、典型的な双務契約関係にある。蟻は、アリマキがお尻から出す栄養豊かな分泌液をちゃっかり頂戴する代わりにアリマキを守ってやっているのだそうだ(なんだか、日米安保条約みたいで、アリマキが可哀想に思えてくる)。

先に人が牛やヤギから一方的に搾取しているように書いたが、これは正しくない。上のアリマキと蟻との関係のように、牛やヤギは乳を搾られる代わりに人間の手厚い保護を受けられる。おかげで草や水に困ることも狼などに仔を襲われることもなくなった。
それで彼らが満足かどうかは分からないが、万物の霊長を自ら名乗る愚かな生物のために年に何万もの種が絶滅していくこの地上において、種の存続のためには他に方法はないであろう。
蜜蜂にしても同じである。プーさんのような熊から巣を守ってもらう代わりに人に蜂蜜を提供し、人手のかかる農家の受粉の手助けをする代わりに広大な職場を与えてもらったとも言えるのではないか。

この辺の事情は猫や犬とて同じである。人間の手厚い保護の下にしかもはや彼らに生きる術はない。人に阿り、決して吠えたり噛み付いたりせず、団扇か箒でもつけてやろうかと思うくらい大仰に尻尾を振り、あるいは人間の赤ん坊の泣き真似をしてミルクをねだり、コケティッシュに、その小さな頭を人の膝に擦り付けたりしながら生きていく以外にないのだ。

冒頭にミルクと蜂蜜は最も罪のない食品であると書いたが、これは大人の食べ物ではないと付け加えておきたい。これは赤ん坊の、そしてプーさんの食べ物である。