ヒキとバラシ

2011/05/10 20:05


作家の藤本義一さんが大道香具師について面白い話をしていたのをよく憶えている。

それは、こんな話である。
ある天気の良い日。高下駄を履いた妙ないでたちの男が一人、ふらりと街中に現れる。妙ないでたちというのは、山伏のような姿ということである。もちろん、この男が香具師である。つまり、うまい口上を述べて、見物人を一種の催眠状態にして、たいしたものでもない物をたいした物のように見せかけて売る商売である(そんじゃぁ、政治家という稼業も似たようなものか)。

さて、この男。どんなことをやるかと言うと、まず手始めに、近くで遊んでいる子供たちに向かって、こんな口上をまくし立てる。
「さては本日はかくも麗しき晴天なれば、本日は午後の2時に未確認飛行物体、すなわちはUFOの突如現れるとの噂がありしもさもありなむと思われる」
すると、近くで遊んでいた悪がきたち、いや、純真な子供たちは、
「おい。なんや、あれ。変なおっさんが、なんか変なことをゆうとるぞ」
「きっと、頭がおかしいんやないか」
「あほやろ」
などと、好奇心に目を輝かせながら、そのおっさんを取り囲むように集まるのである。
すなわち、これがヒキというやつである。子供たちを大人を呼び寄せるためのこませとして使うのである。
そして、大人たちが「あれ? 子供がこんなに仰山おるわ。いったい何があるんやろ」と集まりだす。
こうなれば、もう香具師の作戦大成功である。後はもう、ふうてんの寅さんのように啖呵売するのみである。得意の口上をぶち上げて、焼きの入っていない包丁だの筑波山の蝦蟇が鏡の前で己の余りに醜い姿に驚いてたらりたらりと流した万病に効く油とやらの入った小瓶だのをいったいいくらでかは知らないがひたすら売るばかりである。

さて、そうして小一時間ほどが過ぎ、客もばらけてだんだんいなくなった。
後はただ、金はないが暇と好奇心だけはたっぷりとある子供たちが纏わりつくように残っている。
さて、ここでバラシである。
「おい、おまえら。いったい何年生や。・・・そうか、三年生か。そしたら、そろそろ分かってもええころや。ええか。だいたいやなぁ、この世の中にUFOなんてものがあるわけがない。そんなことも分からんから、ガキ言われるんや。ええか。よう分かったら、はよお母はんのとこに帰れ」

子供たちは、いつか香具師にだまされ利用されたことを知って悔しい思いをするであろう。しかし、そうして一つ賢くなるのである。
世の中いうんはこんなもんや。人を平気で騙して利用するもんがようけおるんや。あの香具師のおっちゃんは、わいにほんとにええ勉強をさせてくれたんや。おっちゃん、おおきに。